eぶらあぼ 2024.7月号
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取材・文:山田治生ト・マズア先生のマスタークラスを受ける機会があり、その時に学んだ曲です。先生は次の年にお亡くなりになるのですが、その震える手で最初の3つの和音を出すと、全然違う音がするんですよ。そのときにマズア先生が出した音をSKOだったら実現できるかもしれないと思い選びました。そして、大事なときにいつも取り上げているメンデルスゾーンを(首席客演指揮者)就任記念でも、と思いました。メンデルスゾーンは体に馴染むというか、自分にとってすごく自然なのです。―― OMFオペラでは《ジャンニ・スキッキ》を振りますね。 音楽的に斬新だし、ドラマ性にも優れている。現代にも通用する話だと思います。人間の醜さと欲深さと、若者たちの恋が、入れ替わり立ち替わり途切れなく音楽で繋がっていて、その対比が面白い。小澤征爾音楽塾オーケストラとは初めてですが、一緒にやっていくことで、どう変わっていくのかが楽しみです。―― 小澤征爾総監督からは、生前どのようなお話があったのでしょうか? 《フィガロ》の公演が終わった後に、デュトワさんが振る演奏会のリハーサルの見学に行っていて、その時に小澤先生も車椅子でいらしていました。とにかく力強く握手をしてくださって、すごく何かを伝えたそうな強い視線をいただいたのです。そのあと小澤征良さんも交え3人でお話する機会があり、そのときに、「モーツァルトのオペラをやってほしい」ということと、「サイトウ・キネンをよろしく」というあまりにも重い言葉をいただいて、これでやめられなくなったなと思いました。―― 首席客演指揮者として今後やっていきたいことは何ですか? シンフォニー・コンサートとオペラの2本柱で、うまくバランスをとって、でもやっぱり、私としてはまた大きなオペラをやりたいという気持ちがあります。Profile1987年、青森県生まれ。東京藝術大学音楽学部指揮科首席卒業。同大学院修士課程修了。ハンス・アイスラー音楽大学ベルリン修士課程修了。2019年ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝し、同時にオーケストラ賞および聴衆賞も受賞。18年東京国際音楽コンクール〈指揮〉第1位。2020年から22年にかけて、ベルリン・フィルのカラヤン・アカデミーより奨学金を受け、演奏会やオペラ公演で首席指揮者キリル・ペトレンコのアシスタントも務める。京都市交響楽団第14代常任指揮者。24年よりセイジ・オザワ 松本フェスティバル史上初の首席客演指揮者に就任。ベルリン在住。29若き指揮者とともに新たな一歩を踏み出すフェスティバル セイジ・オザワ 松本フェスティバル(OMF)は、今年2月に名実ともに柱であった小澤征爾総監督を亡くしたが、今夏、2022年のOMFの《フィガロの結婚》で大成功を収めた沖澤のどかを首席客演指揮者に迎え、アンドリス・ネルソンスを再招聘して、新たなスタートを切る。―― まずは2022年の《フィガロの結婚》の感想を教えてください。 松本も、サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)も初めてでした。SKOは憧れの存在だったのでそこで自分が《フィガロの結婚》を振るというプレッシャーと興奮、それから実際に音楽が始まったときの体が軽くなるような感覚が忘れられません。 SKOは、リハーサルで一番初めの序曲が始まった瞬間に、もう音楽が勝手に動き出す感じでした。最初の「レドレドレ」というその一息だけで、何か大きな風が吹いたというか…。単にぴったり合っているとかそういう次元じゃないんです。みんな「これがフィガロだ」というものすごい自信とプライドを持って弾いていて、しかも楽しんでいる。その感じが伝わってきて何か急に楽になりましたね。たぶん今までの人生で一番緊張したのがあのリハーサルだったと思うのですが、それがすべて吹き飛ばされました。あの瞬間は、感動というか、もうおかしいくらいでした。「なんだこのオーケストラは!」と。―― 本番はいかがでしたか? 自分がそこにいるのにいないような…。幽体離脱まではいかないですけど、音楽の力に自分の存在がなくなってしまうようで、今まで経験したことのないような本当に感動的な体験でした。―― 今回の「オーケストラ コンサート Aプログラム」ではR.シュトラウスとメンデルスゾーンを取り上げています。選曲の意図について教えてください。 《フィガロ》での体験が忘れがたかったので、SKOと人の声が合わさったときの感覚をもう一度味わいたいと思い、R.シュトラウスの「四つの最後の歌」を提案しました。第4曲の終結部での自然の描写が、私が松本で毎日山を眺め、川沿いを自転車でこぎながら過ごしたあの夏の体験と一致するものがあり、SKOと演奏したいと思いました。「四つの最後の歌」はどちらかというと横に広がるイメージですが、交響詩「ドン・ファン」は、それと対比になるような感情の発露というか、縦に勢いがあります。 「夏の夜の夢」は、私がドイツに渡ってすぐにクル

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