eぶらあぼ 2024.7月号
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第117回 「ワンアイディアも、磨けばアートになる」 一時期ネットでこんな動画が流行った。 「鉄棒につかまり、身体を固定して、宙に浮いた足で横向きに階段を上るように動かす。するとまるで空中を歩いているように見える」 というもの。マイムと一緒で、目の錯覚を利用しているわけだ。手の力はもちろん、尋常じゃない体幹の強さと動きのキレが求められる。確かにすごいが、正直まあ15秒で十分な技ではあった。 しかしこのワンアイディアの芸でも立派に身体芸術に高めることができるのだなあと感心した作品があった。日本テレビ系列で放映された『THE DANCE DAY』という番組でのことだ。前にも書いたが、プロアマ問わずのノンジャンルなダンスが一堂に会して戦い、優勝賞金1000万円という、いかにもテレビ的なイベントである。しかしその内容はかなり本気度を感じさせるクオリティを持っている。 今回この鉄棒ダンスを披露したのはAIRFOOTWORKSというグループ。2メートルほどの立方体の金属製の枠を鉄棒のように使って「ダンス」を見せた。前回出場した映像がネットで話題になり、すでに世界中から呼ばれるほどの人気を博している。しかし今回彼らは「もっと表現の可能性を広げなくては」と研究を重ね、次元の違う作品に仕上げてきたのである。 以前はほぼ正面を向いて無重力に見える動きが中心だった。しかし今回は両サイドも使って手足を伸ばし、広がりのある人体造形を作ってきた。特に鉄棒だけの動きにこだわらず、目の錯覚を呼ぶような床での動きと組み合わせた。結果アクティングエリアが広がり、さらに多彩な表現世界を生んでいったのである。『星を目指して』という作品では、最後に立方体の枠を45度左に傾けて立たせた。正面から見ると正方形の角で立っているように見える。最も高い頂につかまる姿は、タイトルを作品のコンセプトとして昇華したものになっていたのだった。それでも踊るそれでも踊る者たちのために者たちのために118 こうして「筋肉酷使のマイム系ビックリ芸」から「アイディアを取り込んで表現に高めた現代サーカス風作品」に進化させていたのである。 これは世界の舞台芸術で注目を集めている現代サーカスのジャンルで評価されるべき作品だといえる。オリジナルの表現方法であること、そのために必要なオブジェクトを自ら創り出していることなどは、特に高く評価されるだろう。最後にフレームが傾いたのは、もちろんそれ用に改良を施していたわけだが、海外のサーカスセンターでは、スタジオの隣に鉄工所みたいな工房を併設しているところも多い。身体ひとつで勝負するダンスも素晴らしいが、人間の可能性を引き出すオブジェクトを生み出すところから始まる身体表現もあるのだ。 現在のコンテンポラリー・ダンスにつながるモダンダンスのさらに源流である「新しいダンス」が生まれたのもボードヴィル、つまり数分間なんでもありの演芸だった。1900年代初頭のことである。アクロバット扱いだったバレエやサーカス芸に混ざって、当時の最先端技術だった電気照明を使ったロイ・フラー、ギリシャ美術などをモチーフに即興で踊ったイザドラ・ダンカン、アジアの彫像などのポーズからダンスを創ったルース・セント・デニスといった面々が「新しいダンス」を生み出していった。玉石混交のなかにこそ、時代を変えるエネルギーが渦巻いているのである。Profileのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。「ダンス私塾オンライン」開設。皆様の参加をお待ちしております!乗越たかお

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