110もう若手と紹介する必要のない、最高のトリオのひとつといえる存在となった葵トリオ。いよいよ取り組んだベートーヴェンも、すでに盤石といって差し支えないだろう。ベートーヴェン初期と中期それぞれの特徴的で充実した作品群に臨み、力みはないが力感は十分、冷静だが闊達な演奏で、各曲の特色を明らかにしていく。弦のしなやかな表現と歌心は期待通りだし、ピアノの見事さも特筆したい。どんなに細かいフレーズでも粒だった音が実に美しく、かつ豊かに響く。穏やかな場面も、他の2人ばかりか、聴く人をも包み込むかのような心地よさ。全集の完成が楽しみだ。(林 昌英)大野が一昨年より音楽監督を務めるブリュッセル・フィルとのコラボレーションの最初の成果は、スクリャービンの交響曲第2番のセッション録音。当たりの柔らかい艶消しのサウンドを巧みにブレンドしていくオケ、どっしりとしたリードによって壮大なスケール感を構築する大野、音像にくすんだ色合いを適度に施した録音が相まって、後に神秘主義へと傾倒していくスクリャービンの夢想的な性格が的確に捕まえられている。全5楽章の中心におかれた長大なアンダンテの桃源郷のような美しさや、冒頭のほの暗い主題が結尾で明るく帰ってくることによる勝利の暗示など、印象的な場面が随所にある。(江藤光紀)スイスを拠点とするサヤ・ハシノは、ヨーロッパを中心に活躍目覚ましい鍵盤奏者。スイス・ロマンド管、ローザンヌ室内管に定期的に招聘される彼女は、オルガン、クラヴサン、ピアノ音楽の多様な時代様式の演奏に精通する。そんなハシノが初のピアノ・ソロCDをリリース。「高波動で細胞を癒す“魂の踊り”」をテーマに、バッハ、ヘンデル=ケンプ、バルトーク、ラヴェル、ピアソラなどを躍動感にあふれる瑞々しいタッチで、エレガントに奏でる。自身が編曲を手がけた「ダフニスとクロエ」は奥行きのある豊かな響きが神秘的だ。2024年2月王子ホールでのライブ盤。(飯田有抄)大嶺光洋は様々な社会人経験を積みながら鍛錬を重ね、歌に対するひたむきな愛情を持って演奏活動を続けてきたバリトン。よく響く深みのある声はもちろんだが、詩の解釈と言葉を届ける技術には卓越したものがあり、多くの聴衆を魅了してきた。84歳を迎えての新譜においてもさらにその深化はとどまることを知らない。本盤は日本歌曲史を辿るように選曲されており、大嶺の歌唱と相まって各曲の意義と内容とがより理解できるようになっている。そして〈お菓子と娘〉のチャーミングさから〈落葉松〉のドラマティックな表現まで自在に歌いこなす技術、表現の幅広さに驚く1枚だ。(長井進之介)ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第2番、同第4番「街の歌」、同第6番葵トリオ【秋元孝介(ピアノ) 小川響子(ヴァイオリン) 伊東裕(チェロ)】スクリャービン:交響曲第2番大野和士(指揮)ブリュッセル・フィルハーモニックEvil Penguin Classic/東京エムプラスXEPRC 0061 ¥3300(税込)瀧廉太郎:荒城の月/山田耕筰:この道/信時潔:鴉/成田為三:浜辺の歌/多忠亮:宵待草/橋本国彦:お菓子と娘/平井康三郎:ゆりかご/中田喜直:おやすみなさい/團伊玖磨:はる/小林秀雄:落葉松/湯山昭:夕やけのうた/三善晃:ほおずき/木下牧子:幼年 他大嶺光洋(バリトン)宮崎芳弥(ピアノ)コジマ録音ALCD-9265 ¥3300(税込)J.S.バッハ:パルティータ第2番/ヘンデル(W.ケンプ編):メヌエット ト短調/バルトーク:6つのルーマニア民俗舞曲/ラヴェル(サヤ・ハシノ編):「ダフニスとクロエ」より〈ダフニスの優雅で軽やかな踊り〉〈交響的断片〉〈ダフニスとクロエの情景〉、ラ・ヴァルス/ピアソラ(ハシノ編):オブリヴィオンサヤ・ハシノ(ピアノ)収録:2024年2月、王子ホール(ライブ)オクタヴィア・レコードOVCT-00209 ¥3850(税込)ナミ・レコードWWCC-8011 ¥3300(税込)ベートーヴェン:ピアノ・トリオ全集(I)/葵トリオスクリャービン:交響曲第2番/大野和士&ブリュッセル・フィル日本歌曲 作曲家二十八人選 歴史をたどる詩と旋律/大嶺光洋CDCDSACDCDDanse de l’Âme〜魂の踊り/サヤ・ハシノ
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