eぶらあぼ 2024.5月号
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21取材・文:飯田有抄 日本とスイスの国交樹立160周年の今年、バーゼル室内管弦楽団が初来日し、全6公演の日本ツアーを行う。協奏曲のソリストとして彼らと全国を巡るのが、ピアニストの反田恭平だ。指揮はアンドレアス・オッテンザマー。言わずと知れたベルリン・フィルの首席クラリネット奏者で、指揮者としての活躍も目覚ましいクラシック界のスターだ。 「名門オーケストラのトップ奏者であり、指揮者でもあるオッテンザマーさんとは年齢も近いですし、ピアニスト・指揮者として活動している僕自身と共鳴し合える部分があると感じています。もちろん彼はベルリン・フィルで多くの一流指揮者と共演していて、その経験値は僕よりも圧倒的に豊富ですから、指揮者としての彼がどんな解釈を提示してくれるのか、とても関心があり、刺激を受けたいと思っています。 先日のJapan National Orchestra(以下JNO)のコンサートをオッテンザマーさんが聴きに来てくれて、『大満足、来られてよかった』と言ってくれました。きっと素晴らしい共演になるのではないかと期待でいっぱいです。バーゼル室内管は歴史のあるオーケストラですが、首席指揮者を置かないなど、時代に応じた新しい挑戦を続けていて、僕が運営するJNOと共通するものを感じています」 プログラムには、オネゲルの交響詩「夏の牧歌」や、現代スイスを代表する作曲家ウィンケルマンの「ジンメリバーグ組曲」、そしてメンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」などバラエティに富んだ演目が並ぶ。反田が登場する協奏曲は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番だ。選曲の経緯は? 「室内管弦楽団なので、編成的にモーツァルトかベートーヴェンがふさわしいと考えていましたが、オッテンザマーさんに『何がいいですか?』と僕のほうから聞きました。ベートーヴェンの4番が候補に挙がり、僕も大好きな作品なのでそれに決定しました」 古典的なピアノ協奏曲は、オーケストラの序奏から開始し、満を持してピアノが登場するスタイルが主流だが、第4番はピアノ独奏、それも柔らかで美しい和音からスタートする。 「冒頭の20秒が一番むずかしい作品ですね。ピアノ独奏が響かせたフレーズを、オーケストラがハーモニーの色合いを変えて広げます。ここをオッテンザマーさんがどう形作っていくのかとても楽しみです。この作品の中には、『第九』にもつながるフレーズや和声進行が隠されています。第2楽章は天国と地獄、あるいは天使と悪魔といった二面性を秘めた音楽です。僕にとっては今後も大事なレパートリーとして向き合っていきたい作品です」 反田自身、協奏曲第4番はこれまでに弾き振り(ソリスト兼指揮者)で20回近く演奏してきたが、「他の人の指揮で演奏するのは、実は今回が初めて」とのこと。弾き振りと、独奏のみとでは、やはり意識の上で大きな違いがあるのだろうか。 「それは全然違います。弾き振りには、オーケストラを自分の意のままに動かせるという醍醐味はあります。でも、指揮者がいてくれたほうが、半分冗談のような話ですが、責任が半分になるので楽ですね。ちょうど昨日も僕はJNOとモーツァルトの協奏曲の弾き振りをしていましたが、前奏を指揮するので自分が最初の1音を弾くまでに腕に乳酸が溜まったり、手が冷えたりもします(苦笑)。指揮をしているときの汗が鍵盤に落ちて滑ったりもする。そういう物理的な問題は正直あるんです。指揮者が入ることによってそういう問題は解消されますし、音楽的アイディアがもう一層多く介入します。ソリストの音楽性とうまくリンクしたときには、弾き振り以上の感動をもたらす、幅の広い音楽になり得ます。 オッテンザマーさんとは、互いに演奏家であり指揮者であるという共通のスタンスから、きっとオープンで柔軟なアンサンブルができると信じています。バーゼル室内管とのベートーヴェン、ぜひご期待ください」Profile2012年第81回日本音楽コンクールにて第1位。16年1月にサントリーホールにて本格的なデビュー・リサイタルを開催、チケットが即完し大型アーティストの登場に国内で大きな注目を集めた。21年第18回ショパン国際ピアノ・コンクールにて、日本では半世紀ぶりの第2位を受賞。コンクールの模様は配信され、以来世界中のピアノ・ファンの注目を集めている。ピアノの務川慧悟、ヴァイオリンの岡本誠司が所属する株式会社NEXUSおよびJapan National Orchestra株式会社代表。現在は活動の拠点をウィーンへ移し、指揮の勉強と合わせて海外での演奏活動にも力を入れている。きっと素晴らしい共演になると、期待でいっぱいです

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