eぶらあぼ 2024.5月号
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SACDSACDCDSACD114第1曲のプレリュードが始まるや否や、勢いのある音の清流が心に流れ込む。音楽の「ことば」が明瞭に伝わり、かつ絶妙に揺らぎながら快い流れとなる。フーガがそれをしっかり受け止める。奏者の中に深く刻まれたバロックの様式が、各曲のプレリュードの様々な性格―舞曲であったり、協奏曲風であったり―を多彩に描き出す。それは豊かな音楽言語と内なる即興性を得て、瑞々しい「いま」の音楽として響く。喜びに満ちた「平均律」。それが2021年というコロナの時期に録音されたことも特記すべきだろう。バッハが厳格な「規律」でなく「解放」であると、鈴木優人は演奏を通じて伝えている。(矢澤孝樹)沼尻竜典と手兵トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニア(TMP)との25年以上の集大成のようなライブ。7型の小規模編成ながら、室内楽的な精緻さと緊迫感溢れる高揚を生み出している。第1番は、シューマンの若々しい感性と野心が滲み出ている。生き生きとした躍動感と春の息吹が魅力を発散。第2番はアダージョが美しい。繊細なテクスチュアがTMPの練れたアンサンブルから香り立つよう。「ライン」は、雄大な始まりから、荘重なケルン大聖堂や河岸の人々の生活が豊かに描かれる。第4番はファンタジー溢れる独創的構築が丁寧に作られ、最後は息詰まる高揚を生み出す。魅力的な全集だ。(横原千史)ぽつりぽつりと置かれた音はその身振りを禁欲的なまでに制限されている。しかし要素を切り詰めた先に見えてくる世界がある。タッチ、ニュアンス、色合い――ピュアな音の現前からそれらを聴き取ることが伊藤の一貫したテーマだが、曲ごとにアプローチが変わるのが面白い。ヴァイオリンのシンプルなボウイング(振り返り I)、木管五重奏曲からピアノ版へのアレンジ(音色の削ぎ落し、「偽りなき心 II」)、言語の情動性(ヴァシレ・モルドヴァンの7つの詩)と表現は少しずつ雄弁になっていき、表題作「メレタン」では生来の厳格さが少し緩んで、音の連関から脈打つ時間が生まれている。(江藤光紀)『巡礼の年 全3年』という統一タイトルが付けられた3枚からなる当アルバムは、リストの「巡礼の年」の各年にそれぞれグリーグ、ドビュッシー、ワーグナー&ノーノの作品がカップリングされ、同作品の全集を構成している。後に娘婿となったワーグナーはもちろん、リストの生涯において接点のあったグリーグやドビュッシーの作品が含まれるのは高度な戦略であろう。さらにノーノの採択も、前作でケージに取り組んだ北村ならでは。標題を持つ楽曲がほとんどだが、北村の洞察力に満ちた演奏において、リストの長大な旅の物語は描写を超えて、ほとんど哲学的な回想にまで昇華されている。(大津 聡)シューマン:交響曲全集/沼尻竜典&トウキョウ・ミタカ・フィルシューマン:交響曲第1番〜第4番沼尻竜典(指揮)トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニアリスト 巡礼の年 全3年/北村朋幹J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻鈴木優人(チェンバロ)BIS/キングインターナショナルKKC-6809/10(2枚組) ¥5000(税込)伊藤祐二:ソロイスト、振り返り I、偽りなき心 II(ピアノ版)、ヴァシレ・モルドヴァンの7つの詩、メレタン井上郷子(ピアノ)長島剛子(ソプラノ)松岡麻衣子(ヴァイオリン)リスト:巡礼の年 第1年〜第3年/グリーグ:「抒情小曲集」より/ドビュッシー:夜想曲/ワーグナー(リスト編):歌劇《タンホイザー》より〈夕星の歌〉/ノーノ:.....苦悩に満ちながらも晴朗な波...北村朋幹(ピアノ)収録:2021年3月、三鷹市芸術文化センター(ライブ) 他オクタヴィア・レコードOVCL-00767(2枚組) ¥4950(税込)コジマ録音ALCD-140 ¥3300(税込)フォンテックFOCD9900/2(3枚組) ¥6600(税込)J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻 BWV846〜869/鈴木優人Meletan―伊藤祐二作品集 I/井上郷子&長島剛子&松岡麻衣子

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