第113回 「ネタバレする手品師、ネットで踊る人々」 手品師にとってタネをばらすのはタブー。業界全体の損失であり、同業者への営業妨害に他ならない。しかし1990年代アメリカのテレビ番組で、顔を隠しマスクド・マジシャンと名乗る手品師が手品のタネを次々にばらしてしまった。 とうぜん同業者からは非難囂々。先達のマジシャンが積み上げてきた知的財産をゴミ同然にしてしまった。一人の人気取りのせいで、手品の世界全体が被った損失は計り知れない。 しかしマスクド・マジシャンにも言い分があった。 「どいつもこいつも同じことの繰り返し。ダラダラと古くさい手品ばっかりやって創造性のカケラもない。カビの生えた手品なんて、オレが終わらせてやる!」 というわけだ。 手品は彼のせいで衰退しただろうか? 逆だった。空前の手品ブームがおきたのである。 まず世界中の手品師たちが研究を重ね、新しいテクニックが次々に開発されるようになった。そして古い手品は様々なグッズになり一般人でも容易に入手できるようになったのである。「興味はあったけどあきらめていた普通の人たち」がガンガン手品を練習するようになり、関心が爆発的にあがっていった。結果的にプロのクオリティは高くなり、アマチュアの裾野が広がったのである。まあマスクド・マジシャンは本名もばれて訴訟を起こされ業界追放の憂き目に遭ったのだが。 さて、昨今のダンス界では「若者はダンスをネット映像で見るばかりで、舞台を観に来ない」と憂う声が多い。しかもYouTubeやTikTokで人気なのは、曲に合わせて一般の人が(芸能人もやるけど)ちょっと面白くてユルいダンスを踊る動画だ。昭和に流行った「パラパラ」に似ている。それでも踊るそれでも踊る者たちのために者たちのために124 だがそもそもダンスとは伝統舞踊から盆踊り、パラパラからオタ芸まで、自分が踊って楽しむものが主流だった。「簡単に踊れて楽しめるダンス」はいつの時代にもあった。そして「現代の踊って楽しむダンスは、ネットやスマホというメディアに適合した形で発展してきた」にすぎない。 プロフェッショナルな超絶技巧や、深い作品性を持った「見るためのダンス」とは、そもそも方向性が違う。「もともとダンス公演を観に行かず、踊りと無縁だった人たちが、ネットを契機に気軽に踊るようになった」だけなのである。 ダンスの舞台作品の一部を切り取ったトレイラー映像もあるが、15秒間のために作られたダンス映像の瞬間的な刺激の強さにはかなわない。もちろん舞台のダンス作品の魅力を伝えるオレ達評論家やライターのさらなる努力が必要なことを肝に銘じなければならないだろう。 だがそれでもオレはSNSの広がりを肯定的に考えている。 手品が古いタネをバラされたことによってプロの技術革新が進み手品人口が増えたように、ネットによってプロのダンスが進化し、ダンスの裾野が広がっていくことを願っている。そうならないようなら、ダンスは同時代性(コンテンポラリー)において脆弱であるか乖離しているか、どちらかだ。Profileのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。「ダンス私塾オンライン」開設。皆様の参加をお待ちしております!乗越たかお
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