39♪♪♪拡大版はぶらあぼONLINEで!→高橋健一先生 扱うテーマも平和、老い、命……など普遍的で深遠なものばかりだ。前衛的かつ斬新な劇ゆえに観客からは「もっとわかりやすくしてほしい」と要望が寄せられることもあるというが、高橋先生は「理解するよりも感じてほしい」「見る人それぞれが自由にイメージしてもらいたい」と語る。 最新作は、2023年末の市立船橋高校吹奏楽部・第40回定期演奏会にて上演された。 本番直前には部内でインフルエンザが大流行し、吹劇の練習もできずに危機的状況に陥ったが、高校生ならではの集中力で本番に間に合わせた。 今回の吹劇の物語は次のようなものだ。《遠く別々の国で暮らす二つの幸せな家族が、国家のプロパガンダ(洗脳)により戦争へと駆り立てられていく。正義とは何か、正義の反対は悪なのか、それとも別の正義なのか。苦悩する兵士、人を信じる少女。終わることのない葛藤は続く。やがて気づいていく、受容こそそれぞれの家族が手にすべきものだと。》リハーサルから涙を流しての熱演 今年度も市船は6月のYOSAKOIソーラン祭り参加を皮切りに、吹奏楽コンクールやマーチングコンテストに出場し、いよいよ通算18作目の吹劇『戦場のメリークリスマス〜正義の反対は悪か、それとも別の正義か〜』に挑むことになった。 平和な社会が戦争の色に塗り固められ、温和だった人々が眉を吊り上げて傷つけ合う。キャストが手にした真っ赤な紐はときに銃となり、ときに流れ出る血となり、凄惨なシーンが描かれる。バンド隊は昨年逝去した坂本龍一の《戦場のメリークリスマス》を取り入れた樽屋雅徳の音楽をときに激しく、ときに優美に奏でた。 兵士たちの亡骸で埋め尽くされた戦場に「人を信じる少女」が現れる。若葉だ。すると、陽梨が演じる兵士が起き上がり、若葉を撃ち殺そうとする。だが、兵士は引き金を引けず、少女はそんな兵士を許す。ふたりは手を取り、立ち上がる。その姿は、日々の部活で戦い続け、認め合った市船の部員たちそのものであり、また、世界中の人間がともに生きるための「受容」の象徴でもあった。本番を終えて左より:長井優月さん(副部長)、鈴木若葉さん(部長)、森下陽梨さん(副部長) 若葉と陽梨が手を握り合うと、練習のときと同じように若葉の目から涙が流れた。すると、客席にも啜り泣きが広がった。高橋先生が構想した物語、若葉たちの思いが観客に届いた証だった。 最後に部員たちは混声合唱組曲《京都》の〈ここが美しいそれは〉を歌い、吹劇は幕を閉じた。「人を許すこと、信じることを私は市船で先生や部員たちから学んできました。その経験や思いがお客さんに伝わったかな、と思います」 定期演奏会が終わった後、若葉はそう語った。 高校生が演じ、高校生が演奏するからこそできる純度の高い吹劇は、もはや定期演奏会の一演目の域を超え、ひとつのジャンルとして成立しているように感じられた。そして、「吹奏楽部」というものが表現力や人間性、社会性を豊かに育む貴重な場であると教えてくれているようでもあった。
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