25取材・文:池田卓夫 ドイツの若きバリトン歌手、コンスタンティン・クリンメル(1993年ウルム生まれ)が4月12日、20周年を迎える東京・春・音楽祭の「歌曲シリーズ vol.39」でピアノのダニエル・ハイデとともにシューベルトの連作歌曲集「美しき水車屋の娘」を歌い、日本にデビューする。2021/22年シーズンからバイエルン国立歌劇場の専属ということで目下はミュンヘン在住。自宅と東京を結ぶオンラインインタビューを試みた。 ――日本を訪れたことはありますか? 「いえ、まったく初めてです。美しい国の、とりわけクラシック音楽界で最も重要な拠点の一つで歌えるとあって、とても興奮しています」 ――2020年にシュトゥットガルト音楽演劇大学を卒業、師事したのは日本人バリトン歌手の吉原輝教授ですね。吉原先生から授かった財産は何ですか? 「『とにかく冷静を保ち謙虚に、先を急がない』という基本姿勢と一生ものの歌唱法、全身を駆使するテクニックです。私に対しても非常に忍耐強く指導してくださり、最初4〜5学期は1曲か2曲のアリアだけを繰り返し歌わせてオペラ、リート(歌曲)すべての基本をつくりました。吉原先生自身、シュトゥットガルト周辺では日本歌曲のリサイタルや書道とのコラボレーションなど意欲的な演奏活動を続け、日本語にもかかわらず『言わんとするところ』が最初から伝わる歌に衝撃を受けました。2019年に教授へ昇格、国籍と関係なく正しい能力を備えた人が正しいポストを得たことを生徒の一人として、心から誇りに思います」 ――ドイツ人バリトンの大先輩、ヘルマン・プライ(1929〜98)に二度インタビューしたことがあります。30年前の時点で「1960年代は私もディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(1925〜2012)も2000人のホールをリサイタルで満員にできたのに、今は無理です」と嘆いていました。最近の状況はいかがですか? 「全く悲観していません。私も同世代の歌手も、スケジュールはリサイタルの予定でいっぱいです。プライやフィッシャー=ディースカウといったスターたちの時代が特別でした。特にプライはインターネットがなかった時代に自身のテレビ番組を持ち、メディアのスターとしてリートを広めたのです。私もケルンのフィルハーモニーなど2000人規模のホールで歌う機会はありますが、どうしても声をプッシュ(強く発声)しなければなりません。リート芸術の本質は元来、400〜600人規模の会場で語りかけ、音楽や歌詞、詩情の素晴らしさを直接伝える点にあります。私はクラシック音楽の演奏会がほとんど開かれないような町に出かけ、シューベルトやシューマンなどのリートを少しの話を交えながら歌い、地元の人々が『初めてだったけど感激した、また聴きたい』と感想を漏らしてくださる機会を大切にしています」 ――初来日の曲目、「美しき水車屋の娘」には、どのような解釈で臨みますか? 「1つの“正しい”道筋があるとは思いません。その時々の心に浮かんだ物語を歌に託すわけですが、私は幼い日々、母の祖国ルーマニアの田舎で触れた美しい景色を思いながら進みます。若く孤独な粉挽職人が愛を探してさまよい、彼女を得ようとして失敗、最後は絶望して川だけを友人と思い、身投げも頭をよぎる…という結末が自死なのか再生なのか、それは聴衆一人ひとりの物語でもあります。私は今回、希望を託します。衣裳も装置もなく、こうした世界を描けるのがリートの素晴らしさです。ピアノのハイデさんとは2020年に出会い、コロナ禍の中、多くのシューベルト作品を一緒に勉強しました」 ――目下のリート・リサイタルとオペラ、オーケストラとの演奏会の比率を教えていただけますか。 「3つの分野で非常に良くバランスがとれています。そのおかげで、声を新鮮に保つことができます。現時点での声質はリリックバリトンです。オペラではフィガロ、パパゲーノなどモーツァルトの諸役、2月には《愛の妙薬》のベルコーレ役も歌います。いまはミュンヘンでローター・ケーニヒス指揮の《魔笛》に出演中、今シーズンはオスロでセバスティアン・ヴァイグレ指揮の「ドイツ・レクイエム」のバリトン独唱も務めました。お二人とも今回の東京・春・音楽祭に出演するのですね! 2024年夏のザルツブルク音楽祭ではクリスティアン・ティーレマン指揮の《カプリッチョ》に出演する予定です」「美しき水車屋の娘」にただ一つの“正しい”物語はありません
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