eぶらあぼ 2024.1月号
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35文:青澤隆明 ラファウ・ブレハッチが、ショパンとともにやってくる、この冬、そろそろ春のきざしがみえようかという時分に。 ショパンの誕生日は2月22日か3月1日のいずれかではないかと言われるが、前者だとすればリサイタルの東京公演がまさにその日にあたる。2と1/4世紀ほどがめぐって、私たちはまた新たに彼のピアノ音楽を生きていくのだ。 ブレハッチが「ショパンの再来」と大きく騒がれたのは、2005年のショパン・コンクールで優勝したときだろう。クリスチャン・ツィメルマンから30年を経て、ポーランドの誇りを作曲家の祖国に取り戻すことにもなった待望久しい栄光であった。しかし、その演奏の古典的な佇まいにふさわしく、内省的で謙虚なブレハッチは、そうした喧騒からは堅く身を護り、自身の求める音楽とていねいに向き合ってきたようにみえる。 そうして国際的な活躍をはじめた当初は、ノーブルで古典的なショパンが、ブレハッチの美質とよく調和していた。言ってみれば、健康的で清明なショパンが、彼の高潔な持ち味だったろう。「葬送ソナタ」などでの陰鬱にも迫る孤独には、いま少し距離があるのではないかとも思えた。しかし、十数年の時が経って、当初から得意なソナタ第3番 ロ短調とあわせて、第2番 変ロ短調を21年秋にはアルバムにまとめた。いよいよ、ショパンの暗い孤独にも踏み込むのに、ブレハッチなりのアプローチが培われてきたということだろう。 そしてなにより、マズルカはショパンの魂である。祖国ポーランドの民族舞踊を独自の芸術に昇華させたマズルカは、ショパンの内心の日記ともいうべき音楽だ。天才が生涯を通じて書き継いだマズルカは、郷土舞曲の素朴さを借りて、孤独な内面を切実に吐露するかけがえのない連作となった。 今回川崎公演の幕開けに弾かれる「4つのマズルカ」op.17は、ショパンがパリに到着した翌年からまとめられた。騎士道風の勇壮さではじまる最初の曲が変ロ長調で、後半に採り上げられる「葬送ソナタ」の変ロ短調とコントラストをなす。年代上それに続く4曲op.24は後半、ソナタの前に演奏されるが、その第4曲の調性が変ロ短調である。 op.41の4曲、op.50の3曲に続いて、東京公演ではop.56の3曲が挿まれ、晩年作のop.63の3つのマズルカで前半が結ばれる。ソナタ2作を含むアルバムに続いて、マズルカ全集を準備していると伝えられるブレハッチが、歳月をかけて向き合ってきたショパンの心がここに内密に描き出されていくことだろう。 そして、4つのマズルカop.24から、独創的な4楽章構成の変ロ短調ソナタop.35へと踏み込んでいく。演奏会前半でいったん晩年を先回りした後に、ショパンの20歳代半ばから後半へ歩む流れである。そうしてソナタのフィナーレ、かのプレストはどこへ至るのだろう? リサイタルに先立っては、4年ぶりの来日となるワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団とコンチェルトも聴かせる。ショパン・コンクールを支える顔として活躍するホスト・オーケストラを、2019年来の音楽監督として率いるアンドレイ・ボレイコが指揮する。 ブレハッチが弾くのはしかしショパンではなく、同時代の雄シューマンのピアノ協奏曲 イ短調である。ウィーン古典派の作品も得意としてきたブレハッチが、ドイツ・ロマン派の名作にどう向き合うのかも、歳月の実りを映し出すことだろう。ポーランド20世紀のルトスワフスキの小組曲がその前に、ドイツの後進ブラームスの交響曲第2番が後に組まれているのもなかなかのプログラミングだ。 時代は移り変わろうとも、ブレハッチがショパンにみてとるのは濃密な情感の底で、古典的な美を愛する構築家の芯であろう。シューマンにはより自由にロマン派的な傾斜も求められようが、2021年秋の来日あたりから、より自由の色合いを増した進境を聴かせていたブレハッチである。ときに深淵を穿つようなディオニソス的な情感に、いま30代後半を歩むブレハッチがどう向き合い、いかに表現するかということも含めて、いずれ興味が尽きない。Profile2005年第15回ショパン国際ピアノコンクールで優勝。これまでに、ウィーン楽友協会、ベルリン・フィルハーモニー、コンセルトヘボウなど世界の名だたるホールに出演、また、ザルツブルク、ヴェルビエなど主要音楽祭にも招かれている。デュトワ、ゲルギエフ、ハーディング、P. ヤルヴィ、ルイージ、ナガノ、ネルソンス、プレトニョフ、ヴィット、ジンマンなど世界的な指揮者と共演。2010年キジアナ音楽院国際賞(イタリア)を受賞。15年にはポーランド共和国大統領メダルであるポーランド復興勲章カヴァレルスキ十字勲章を授与された。ブレハッチ、ショパンとの時の深まり

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