eぶらあぼ 2023.12月号
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それでも踊るそれでも踊る者たちのために者たちのために第110回 「闇が深まるときにこそ輝く光であれ」 ほんの1ヵ月前はまさかこんなことになるとは思ってもいなかった。ハマスとイスラエルの「戦争」のことだ。 じつはコンテンポラリー・ダンスの世界でイスラエルはバットシェバ舞踊団(2024年1月来日予定)やインバル・ピント(現在上演中の『ねじまき鳥クロニクル』の演出・振付・美術)などを誇る、ダンス大国なのである。それだけに中東情勢はダンス界にもビビッドに影響してくる。 むろん政治、宗教、歴史が複雑に絡んだこの問題は簡単に語れるものではない。あらゆる種類の暴力、ましてや一般市民が生命を奪われているこの悲劇が一刻も早く止まることを祈る……という言葉が空しく響くほど、今回は規模も内容も全く従来と違っていて、落としどころも見えない。 むろん全てのパレスチナ人がハマスではないように、全てのイスラエル人が政府の方針に賛同しているわけではない。特にイスラエルのアーティストは政府に批判的な作品が多いことで知られている。一部の独裁国と違うのは、批判をアーティストの権利として認める土壌があることだ(ただし外部から批判されると猛反発するからややこしい。また近年は「愛国法」の締め付けがあることも本連載で書いた)。 オレが公式アドバイザーをしている国際ダンスフェス『踊る。秋田』が10月末に行われたが、イスラエルから作品を招聘していた。本連載の第106回で紹介した衝撃の作品、アナベル・ドヴィールの『FICTIONS』である。だが急速に悪化する中東情勢に、航空会社が予定のフライトをキャンセル。アナベルからは涙声のボイスメールが届いた。山川三太芸術監督は「もしも来日中に情勢悪化して帰国困難になったら、『踊る。秋田』のレジデンス施設に滞在させよう!」と覚悟を決めていた。しかし間もなく全てのフライトがキャンセルになってしまい、134Profileのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。うまい酒と良いダンスのため世界を巡る。http://www.nori54.com来日は不可能になった。最終日のレセプションでは出演者とゲストたちが「アナベル! 来年は必ず会おう!」とメッセージボードと寄せ書きを書いて送ったのだった。 さて肝心の『踊る。秋田』だが、今回は久しぶりに海外ゲストを大々的に招くことができた。海外でもそうだが、コロナ禍を生き延びたフェスは強さを増しており、『踊る。秋田』のプログラムは例年以上に充実していたのである。ケダゴロの下島礼紗は、インドネシアのモー・ハリアントとのデュオで力負けしない成長をみせていたし、ヨコハマダンスコレクション出場が決まっているパク・スヨルも5人のダンサーの構成力が見事で、スペインのマスダンザから帰国直後の髙瑞貴も無音で踊り切る強さを見せた。立つだけでタダモノでない韓国ダンスの期待の星、ソ・ジョンビンは『踊る。秋田』賞「的」なものを贈呈された(大人の事情で、コンペティションとか賞などは謳えないのである)。 オレはウクライナ戦争が始まってからも東欧リトアニアのダンスフェスに行き、2000年からはどんなにテロが起ころうとイスラエルでの現地取材を重ねてきた。ダンスは、そしてアートは、「○○人」ではなく、みな一人ひとりが生きている人間であると思い出させ、対話と平和への第一歩になるとオレは信じているからだ。アートは決して「不要不急」などではない。身体が、そして社会が危機に立つとき、人間の根幹を支える存在なのである。乗越たかお

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