文:柴田克彦30©Chris Christodoulou これほど待ち望まれた来日公演は滅多にない。来る11月、キリル・ペトレンコが、手兵ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を率いて日本ツアーを行う。コンビでは初、ペトレンコは6年ぶり、ベルリン・フィルも4年ぶりの来日。まさに待望の公演だ。 ペトレンコがベルリン・フィルの次期首席指揮者・芸術監督に選出されたという2015年のニュースは世を驚かせた。録音も少ない彼は、認知度があまり高くなかったからだ。だが17年、バイエルン国立歌劇場と来日した際には、聴き慣れた曲のイメージを一新する快演を展開し、新ポストに相応しい辣腕ぶりを発揮。「この凄い指揮者と世界最高峰楽団のコラボがどうなるか、大いに楽しみだ」と皆が思った。そして19年ベルリン・フィルに着任。現地での佳き成果も伝わってきた。しかし直後のコロナ禍も相まって、同コンビの日本公演は行われていなかった。それが今回遂に実現する。 ペトレンコは、1972年シベリアのオムスク生まれ(父はユダヤ系ウクライナ人)。18歳の時に家族とオーストリアへ移住し、ウィーン音楽大学で指揮を学んだ。その後はウィーンやドイツで様々なポストを歴任。欧米の著名歌劇場やオーケストラにも次々と客演し、2013~15年バイロイト音楽祭の《ニーベルングの指環》でも絶賛を博した。 ベルリン・フィルには2006年にデビュー。ただしそのコラボは、17年に収録された「悲愴」交響曲の録音でまず伝えられた。それは細部まで深く迫真的な名演だった。就任後も、レーガーをはじめとする独墺音楽の新レパートリー等を柱に掲げ、精力的な活動を展開。その評価は高く、またディスクも徐々にリリースされた。中でも凄みがわかるのは、2020年、21年に収録されたショスタコーヴィチの交響曲第8、9、10番。緻密なアンサンブルと無類の量感や重層感、アイロニーや洗練味を併せ持つその凄演は、当コンビにしか不可能なショスタコーヴィチだった。これに限らず、ペトレンコが作る音楽は“正攻法の清新さ”で魅せる。音の意味を一から見直した上で、作品の真の構造やスタイルを明快に描き出す……それが最高峰楽団で発揮されるのだから、1曲1曲が傾聴すべき宝物となる。 以前、あるインタビューで、コンサートマスターの樫本大進は「ペトレンコとの共同作業は常に進化している。リハーサルは細かく厳しいが、内容は深く分厚い」と話していたし、ペトレンコ自身は「ベルリン・フィルの圧倒的な力を正しい流れに向けてゆき、演奏会の『生』の瞬間に絶大なエネルギーを解放させたい」との旨を語っていた。今回はそんな稀有のエネルギーを体感できる貴重な機会となる。 今秋は全国6都市で10公演が開催される(なお日本のアマチュア音楽家約100名が共演する「Be Phil オーケストラ」の公演もある)。プログラムAは、モーツァルトの交響曲第29番、ベルクの3つの小品、ブラームスの交響曲第4番が並ぶ、ペトレンコが育まれたウィーンのテイストとベルリン・フィルの十八番が共生した内容。18歳の天才による爽快・優美な交響曲、円熟のブラームスによる古い様式とロマンが同居した交響曲の表現も楽しみだが、特に注目したいのは、ペトレンコが客演の際によく取り上げているベルクだ。超巨大編成の響きが錯綜するこの曲を、彼らクラスの演奏で生体験できる機会は稀と言っていい。 プログラムBは、レーガー「モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ」とR.シュトラウス「英雄の生涯」。生誕150年に因んだレーガーの作品は、「トルコ行進曲付き」ソナタの第1楽章の主題に基づく代表作で、これを本場オケの極上の演奏で味わえるのも稀少なチャンスだ。R.シュトラウスはペトレンコが多く取り上げてきた作曲家。管弦楽法の極致「英雄の生涯」は、彼のアプローチのみならず、コンサートマスターのソロも興味深いし、最高峰のサウンドで聴けるだけでも胸が躍る。 今回のプロAは直前の定期演奏会、プロBは今シーズンの開幕公演の演目。つまり万全の態勢での来日だ。しかも結果的にコンビ4年の熟成を経ての登場となっただけに、聴き逃すことはできない。キリル・ペトレンコ(指揮) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団新たなカリスマと最高峰楽団のコンビ初来日が遂に実現!
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