eぶらあぼ 2023.10月号
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52 音楽監督ジョナサン・ノットと東京交響楽団の名コンビが、この秋も非常に興味深いプログラムを披露してくれる。曲はドビュッシー(ノット編)の交響的組曲「ペレアスとメリザンド」とヤナーチェクの「グラゴル・ミサ」。ともに20世紀前半の傑作として名高い作品であるが、ライブで聴く機会は貴重。精緻にして繊細なドビュッシーと、荒々しいエネルギーに満ちあふれたヤナーチェクという両作品の対照性も興味深い。 本来、ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」はメーテルランクの戯曲にもとづいたオペラ。ノットはこれをオーケストラのみで演奏できる交響的組曲に仕立てている。これまでにもエーリ左より:ジョナサン・ノット ©K.Miura/TSO/カテジナ・クネジコヴァ ©Petr Weigl/ステファニー・イラーニ/マグヌス・ヴィギリウス/ヤン・マルティニーク活躍は大きな聴きどころ。「ミサ」と名付けられているだけに、通例のミサ曲と同様、キリエ、グロリア、クレドといった楽章から構成されているのだが、テキストは古代教会スラヴ語にもとづいている。濃厚な民族色をまとったドラマティックな音楽は教会音楽というよりも、むしろオラトリオ風というべきかもしれない。今回はポール・ウィングフィールドによるユニヴァーサル版を用いて、ヤナーチェクの複雑な書法が十全に再現される。ヒ・ラインスドルフ版など、同様の試みはあったが、それらが名場面集的な組曲として編まれているのに対して、ノット版は約45分ほどの長さがあり、よりドラマの流れが感じられる交響詩的な手触りを期待できそうだ。 一方、ヤナーチェクの「グラゴル・ミサ」は独唱者4名(カテジナ・クネジコヴァ、ステファニー・イラーニ、マグヌス・ヴィギリウス、ヤン・マルティニーク)と合唱団を必要とする大規模作品。合唱が重要な役割を果たしており、東響コーラスの川崎定期演奏会 第93回 10/14(土)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール第715回 定期演奏会 10/15(日)14:00 サントリーホール問 TOKYO SYMPHONY チケットセンター044-520-1511 https://tokyosymphony.jp演奏にも、歳月や経験にふさわしい自信や安定もあってだろう、近年は自然な余裕と風格が滲み出るようになった。苛立ちや焦燥からも自由になって、敬愛する4つの名作にまとめて臨む心境や外的環境も満ちてきた頃合いだろう。 ともに独自の形式を探ったシェーンベルクの小曲op.19をシューベルトの即興曲D935が挟む。モーツァルトとベートーヴェンのウィーン時代の名作からは、ハ短調幻想曲K.475とハ長調ソナタ「ワルトシュタイン」の極め11/24(金)19:00 トッパンホール問 トッパンホールチケットセンター03-5840-2222 https://www.toppanhall.com他公演 11/22(水) 大阪/住友生命いずみホール(06-6944-1188)    11/26(日) 静岡音楽館AOI(054-251-2200)つきの傑作が組み合わせられる。普遍と固有の交じり合う作品の内実を見据え、独創的な革新と論理的な伝統を、名手はじっくりと明かしていくだろう。文:飯尾洋一文:青澤隆明©大窪道治ジョナサン・ノット(指揮) 東京交響楽団ヤナーチェクの大傑作で感じるマエストロの真骨頂ティル・フェルナー(ピアノ)世紀をまたぐウィーンの傑作で提示する伝統と革新 ティル・フェルナーがこの秋、いよいよウィーンで書かれた作品ばかりを集めてリサイタルを行う。シューベルトとシェーンベルク、モーツァルトとベートーヴェン。時代も様式も、気質も情感も、性格も思想も異なる傑作を通じて、西欧音楽の鉱脈と変容を訪ねる濃密な旅となる。 ウィーンきってのピアニスト、という形容などはしかし、フェルナーがもとより忌避し、執拗に異を唱えてきた常套句だ。名作とは普遍的なもの、演奏家は俳優のごとし、ウッディ・アレンのカメレオンマンみたいに——と、トッパンホールを訪れ始めた15年ほど前にも、彼は食えないことを言っていた。 それでも天才たちが創作を営んだウィーンの風土は、フェルナーの暮らす街と地続きで、まったく切り離されてもいない。そしてなにより、ウィーンの伝統と期待を一身に背負う新星として注目され続けてきたフェルナーの

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