eぶらあぼ 2023.10月号
44/173

41た辻井桔香(きっか)は言う。「3年生が少ないし、先生も変わるし、練習時間も以前に比べて半分くらいに減っていて、不安だらけでした。同期の間では『とにかく、頑張るしかないね』と話していました」 昨年はコンクールメンバーとして石田先生の指揮で全国大会に出た。完璧に造形された小さなパーツを組み合わせて美しい工芸品をつくり上げるような石田メソッドも経験した。それだけに、今年のイチカシはどうなってしまうのかと心配だった。 今年度の部長でファゴット担当の瀧晃志郎も同じだった。そして、自分たちのこと以上に緑川先生のことも気がかりだった。「吹奏楽を始めたのは、3つ上の兄の影響でした。兄はイチカシのトランペット奏者でしたが、高3のときにコロナ禍でコンクールが中止。年末恒例のチャリティーコンサートも開催できず、泣きながら帰って左より:辻井桔香さん、部長の瀧 晃志郎さん「きっと石田先生の跡を継ぐのはすごいプレッシャーだろうな、と。ただ、石田先生の指導はすごく緊張感があるんですが、緑川先生はユーモアがあって面白い。情熱的で、生徒思いなところもある。きっと緑川先生となら新しいイチカシをつくれるんじゃないか、と期待もしていました」 まさか高校生活最後の年にこんな大きな変化とピンチが待っているとは思いもしなかった。だが、晃志郎には決してくじけない決意があった。きたのを覚えています。僕は兄の意志を継いで、どんなことがあっても全国大会に出よう、最後まで部活をやり抜いて最高の演奏をしよう、と心に決めてイチカシに来たんです」 晃志郎はそんな思いを心に秘め、部員たちを引っ張ってきたのだった。 緑川先生率いるイチカシは日々練習を重ねてコンクールに挑み、東関東大会に進出した。千葉・神奈川・栃木・茨城の代表24校が出場するが、全国大会に進めるのはそのうち3校のみだ。 いざ本番に臨んだイチカシだが、やはり最初は緊張が演奏に出てしまった。《レトロ》は練習よりかなり速いテンポになり、いくつか小さなミスもあった。一方、《とこしえの声》ではイチカシらしい精緻さに加え、第二次世界大戦の特攻隊というテーマに合った情感やドラマティックさを表現できた。桔香のソロもホールに美しく響いた。演奏後は観客たちの拍手が大きく、長く続いた。 表彰式では、晃志郎が副部長の淀名和香花(よどなわこのみ)とともにステージに立った。脚が震えた。「正直、代表は厳しいかも、と……。でも、楽しめたし、どんな賞でも受け止めるつもりでした」 結果は、金賞。そして、代表にも選出。晃志郎はステージで推薦状を受け取った。客席では部員たちの笑顔が弾けた。緑川先生はプレッシャーから解放され、ホッと胸をなで下ろした。歓喜の表彰式を終えて いよいよ次は10月22日の全国大会だ。「先生と一緒に120パーセントの演奏をして、みんなで笑顔で帰ってきたいです」と晃志郎は意気込む。 それは、日本中から集まる観客の胸に「新生イチカシ」が焼き付けられる日になることだろう。拡大版はぶらあぼONLINEで!→♪♪♪

元のページ  ../index.html#44

このブックを見る