25文:大津 聡 およそハインツ・ホリガーほど多才で、多彩かつ精力的な活動を展開し続けている音楽家を見つけるのは容易ではないだろう。ホリガーと言えばオーボエのヴィルトゥオーゾという印象が強いが、独自の路線を行く作曲家であり、指揮者としてはバロックから現代までの広大なレパートリーを誇りつつ、マイナーな作品の価値を見出していく開拓者でもある。しかもオーボエをはじめ、作曲家、指揮者いずれのキャリアにおいても超一流である。さらに驚くべきは、高齢となってもなお音楽家として進化を続けていることであろう。指揮者としてのホリガーのキャリアは、バーゼル室内管弦楽団との主として現代音楽プログラムに始まるが、近年のケルンWDR交響楽団とのシューマンやムジークコレギウム・ヴィンタートゥーアとのメンデルスゾーン、とりわけ2019年の80歳記念に向けて2017年から20年にかけて収録されたバーゼル室内管弦楽団とのシューベルト交響曲全集では、スタンダードなクラシック音楽のレパートリーにも新たな息吹をもたらすことができる稀有な音楽家であることを世界に印象付けた。 来日は2019年以来4年ぶりとなる。コロナ禍による21年の中止にはがっかりしたファンが多いだけに、まさに待望の来日公演と言えよう。横浜を皮切りに京都、東京で行うオーボエ・リサイタルに加え、大阪フィルハーモニー交響楽団や札幌交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、さらには水戸室内管弦楽団の定期演奏会での指揮(および「吹き振り」)が予定されている。リサイタルではもちろんのこと、各地でのオケの定期演奏会にも必ず自作自演となる曲目が含まれており、オーボエ奏者、作曲家、指揮者すべての分野におけるホリガーの妙技を堪能できるツアーとなるだろう。 なかでもこの秋の公演で注目されるのは、やはりオーボエ・リサイタル。長らく待ち望まれていたこととは言え、それは衝撃ですらある。もちろんホリガーの原点はオーボエであり、室内楽アンサンブルやオーケストラの吹き振りという形で自らオーボエと継続的に関わっている。が、84歳を迎えた今、オーボエで単独リサイタルに臨むというのは体力的に並大抵のことではない。ホリガーの超人ぶりに接する貴重な場ともなりそうだ。 「フランス音楽の世界〜ホリガー初期と近年の作品とともに」というのが今回のリサイタルのコンセプトである。故国スイスでオーボエとピアノ、作曲をはじめ、その後若き日にパリでさらなる研鑽を積んだホリガーにとってフランス近代音楽は近しい存在であろう。今回のプログラムでは彼の自作品の前後をラヴェル、メシアン、ジョリヴェ、サン=サーンスの作品が固める。中でも注目はホリガー自身の作品。未発表のものを含む2作品は、まだ彼がピエール・ブーレーズの作曲クラスに参加する前、10代後半に書かれたものである。 一方、近年成立した2作品がそれらとコントラストを成す。プログラム構成に込められた意図も興味深いが、とりわけ直近の2020年から翌21年に作曲された「ライフライン〜クララ・ハスキルへのオマージュ」にはどのような思いが込められているのだろうか。日本語で「ライフライン」とカタカナ書きしてしまうと、まず日常生活に欠かせないインフラストラクチャーを連想してしまうが、作品が書かれた頃の悲惨なコロナ禍を考えるとより差し迫った意味で受け止めるべきなのだろうか。さらに付された副題はどこから来たのか。20世紀を代表する「モーツァルト弾き」であったハスキルはオールドファンには懐かしい名前であるが、ホリガーにとって彼女は特別な存在なのだろうか。想像は広がるものの謎は解けない。いつか作曲家に解説願いたいが、来るリサイタルは、恐らくホリガーの未知の作品を聴けるまたとない機会なのだ。そして84歳になった大家が私たちの前でどんな「音」を奏でるのか。この秋のリサイタルには興味が尽きない。Profileジュネーヴ、ミュンヘン両国際音楽コンクールで優勝を果たしキャリアをスタートさせたホリガーは、世界中の主要コンサートホールで演奏してきた。作曲家、演奏家双方の活躍を通じて、オーボエの技術的な可能性を広げた功績は大きく、現代を代表する数々の作曲家たちから作品を献呈されている。指揮者として、世界の一流オーケストラ、アンサンブルと共演しているホリガーはまた、作曲家としても世界各地からオファーが途絶えることが無く、2018年には新作オペラ《ルネア》をチューリッヒ歌劇場が制作、旺盛な作曲意欲は留まることを知らない。稀代の芸術家が4年ぶりの来日で示す自らの半生
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