38 カルト映画の巨匠デイヴィッド・リンチに『ロスト・ハイウェイ』という作品があるのをご存知だろうか。例によって例のごとく、シュールで、サスペンスで、ミステリアスで、ホラーな話だ。 こともあろうに(?)、この映画をオペラ化したのが、女性作曲家オルガ・ノイヴィルト(1968~)である。もともとリンチは、ヨーロッパに渡って晩年のココシュカに絵画を学ぼうとしていた時期があったのだが、確かにそのセンスは、どこかヨーロッパ的、いや、もっと言えば世紀末ウィーン的でもある。おそらくオーストリア出身のノイヴィルトにとって、意外にも近しい世界だったに違いない。 彼女はリンチの映像を音楽化するにあたって、現代音楽、エレクトロニクス、ミニマル音楽、そしてジャズやロックまでを総動員して、恐るべき混沌を作りあげた。こんなオペラを他に知らない。 ノイヴィルトの次なる冒険は、オペラ《オルランド》である。ヴァージニア・ウルフの原作は、「男性/女性」といった区分を無効にするような、クィアで、ノン・バイナリーな生き方をひとつの主題にしているのだが、ノイヴィルトはそれに正確に呼応するようにして、クラシック/現代音楽、あるいは現代音楽/ポップという二項対立を、ここでやすやすと乗り越えてしまった。なんというノン・バイナリー、なんというハイブリッド。 ともかく、「現代音楽」というマイナーなジャンルに属する作曲家のなかで、彼女ほどに先端の文化表現と交差する仕事をしてきた人もいないように思われるのである。 このノイヴィルト姐さんが、「サントリーホール サマーフェスティバル 2023」のために日本にやってくる! オペラはさすがに上演出来ないものの、世界初演となる新作オーケストラ曲は「オルランド・ワールド」というタイトルを持っている。となれば、きっとオペラ《オルランド》とどこかで共振しているのだろう。さて、どんな仕掛があるのか・・・。 室内楽作品を集めた演奏会も注目だ。一見、ピアノやヴァイオリン、フルートといった、当たり前の楽器が並んでいるけれども、編成をよく眺めると「ピアノとCDプレイヤー」「フルートとタイプライター」といった具合で、どこかオカシイ。こうした、不思議な稚気にあふれたアイディアが、とてつもなく精度の高い技術と融合している点においても、彼女はまさしくハイブリッドなのだ。 さて、このフェスティバルは、例年3つのパートからなっているので、他の2パートも紹介しておかねばならない。まず今年の「ザ・プロデューサー・シリーズ」は、三輪眞弘「ありえるかもしれない、ガムラン」。 三輪の根源的な問いは、インドネシアをはじめとする共同体で培われたガムラン音楽を、都市の「コンサートホール」に移動することが可能なのか、といサントリーホール サマーフェスティバル 2023◎テーマ作曲家 オルガ・ノイヴィルト◎ザ・プロデューサー・シリーズ 三輪眞弘がひらく◎第33回芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会8/23(水)~8/28(月) サントリーホール 大ホール、ブルーローズ(小)問 サントリーホールチケットセンター0570-55-0017https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/feature/summer2023/※フェスティバルの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。左より:三輪眞弘/ブルーローズ(小ホール)に出現する「ひらかれた家」 イメージ図う点にある。野生の草花を博物館に展示したら、あっという間に枯れてしまうのではなかろうか? 考えに考えた末、なんと三輪は、サントリーホールのブルーローズを3日間、開館中は1日入場パスによる出入り自由で開放することによって(前代未聞!)、疑似野生状態を作り出そうと試みる。もちろん、その不自然さは承知のうえ。それでもやってみなければ気が済まないのが、三輪眞弘という人なのだ。さて、そこに現れるのは都市か自然か、はたまた・・・。 3つ目のパートは、芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会。2年前に同賞を受賞した桑原ゆうの新作にくわえて、相当にトガった若手3名の作品が並んでいる。「今日」の現代音楽シーンを知りたければ、マストの一夜。オルガ・ノイヴィルト ©Harald Hoffmann文:沼野雄司サントリーホール サマーフェスティバル 2023ハイブリッド姐さんがやってくる!
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