eぶらあぼ 2023.8月号
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それでも踊るそれでも踊る者たちのために者たちのために第106回 「とても純粋で、とても狂っていて、美しい。」 先月号で手話を取り込んだダンスについて書いた直後、偶然にも本誌編集部経由で「手話とダンスについて」の原稿依頼があった。バレエ・ダンサーを目指していた女性が理不尽な暴力でバレエも声も失うが、コンテンポラリー・ダンスによって再生するアルジェリア映画『裸足になって』のパンフレット原稿の依頼だ。本作でダンスと手話は「声なき声の象徴」として主人公に生きる強さを与えておりオススメである(7月21日全国公開予定)。 さて、6月末はシンガポールの『cont·act Contemporary Dance Festival 2023』(芸術監督:クウィク・スウィブン)へ行った。今回大いに盛り上がったのがインドネシアのモー・ハリアントと下島礼紗の作品である。これはシンガポールと、提携フェスである『踊る。秋田』の両方にレジデンスをしリサーチとクリエイションを重ねてきたものだ。 下島は『踊る。秋田』のアソシエイト・アーティスト第1号である。4月にも提携していた台湾の『Want to Dance Festival』に1ヵ月以上滞在して、下島が主宰するケダゴロの代表作『sky』台湾版を地元の人々と創りあげた。台湾の観客は喝采を贈り「日本に行って『ケダゴロ』に入りたい!」という参加者たちも続出するほど、深い絆を作っていた。 今回の『Jap/Vanese』というタイトルは、「ジャパニーズ」と「ジャワニーズ」(ジャワ人はインドネシア国内最大の民族)の合成語。一字だけだがそこにある違いと理解がテーマだ。青い袴を履いた二人が中腰で足を踏みならし、ド迫力のダンスを踊る。下島は日本屈指の「強い」ダンサーだが、ハリアントの身体が放出するエネルギーがとにかくエグかった。下島は真っ向から挑み、ときに空間の雰囲気を一変させるなど、丁々発止のスリリングなやりとりが続いた。Profileのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。うまい酒と良いダンスのため世界を巡る。http://www.nori54.com120 アフタートークでは、二人とも秋田滞在中に山川三太・『踊る。秋田』芸術監督の勧めで藤里町に伝わる駒踊りと獅子踊りのレクチャーを受けた経験などを熱く語っていた。ハリアントは逆にバロンダンスを披露したそう。 今回は全体的にパワフルな作品が多かったのだが、なかでもイスラエル人、アナベル・ドヴィールの『F I C T I O N S』には度肝を抜かれた。古風で従順そうな服を着たアナベルを含む三人の女性が笑顔で歌い出す。歌は次第に叫びのようになるが、微笑みを顔に貼り付けたまま、横っとびに飛んでそのまま音をたてて着地というか墜落する、を繰り返していくのだ。ローリング・ストーンズの「She’s A Rainbow」がかかり、彼女らは虹を求める。続いてレッド・ツェッペリンの「The Battle of Evermore」の歌詞で闇の世界に入っていくと、「オシッコを振りまいたって虹は見えるわ!」と叫び、二人のダンサーが上半身に虹のボディペインティングを施した姿で宙を舞っては何度も床に墜ちていくのである。 とても純粋で、とても狂っていて、美しい。そして女性の身体が社会で直面している様々な軋轢、矛盾、苛立ちが衝撃とともに伝わってくる。今年10月の『踊る。秋田』では下島たちとアナベルの作品を上演予定だ。これだけ観に秋田まで来る価値はあるぞ。乗越たかお

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