109 ベルリンでは4月1日より、コロナ感染対策が原則として撤廃され、店舗やレストランの入場時に、マスク着用やワクチン接種証明を求められなくなった。感染指数は依然として高く、撤廃についての世論は割れているが、劇場やコンサートホールにおいても、政府からの規制は解除された。 このように書くと読者は、人々が喜んで演奏会に行くようになる、と思うかもしれない。しかし実際には、ベルリン州のクラシック音楽機関では、ワクチン証明は求めないものの、マスク着用は継続することで合意した。座席指定で口を開けずに鑑賞するオペラやコンサートが、感染リスクが低いことは広く知られている。それでもマスク着用継続を決めたのは、それが客足と結びついているからである。 実は今ドイツ音楽界では、コロナで演奏会にお客さんが来なくなったこと、そして今後もその状況が続くだろうことが、真剣に懸念されている。ここ数ヵ月、オペラやコンサートに行くと、客席は恐ろしいほどにガラガラである。例えばベルリン・ドイツ・オペラのサイトで《パルジファル》(イースターの定番演目!)の券売ページを開くと、200枚くらいしか売れていないことがわかる(定員約2000名の劇場での話である!)。ベルリン国立歌劇場でも状況は似たり寄ったりで、彼らは3月の《ばらの騎士》でチケットの「半額セール」を行った。市内に5つ存在するシンフォニー・オーケストラでも、状況はあまり変わらない。 こうした状況でマスク着用を解除した場合、例えばワーグナーのオペラでは、計6時間お隣さんの飛沫を浴びることも(論理的には)考えられる。たとえワクチン接種していても、心理的に気持ちのいい話ではないだろう。周知の通り、演奏会のメインの聴衆は、40代以上やシニアである。規制が解除されると、お年寄りの客足はさらに鈍るわけで、関係者はそれを見越して判断したのである。 しかしマスク着用以上に深刻なのは、以前熱心だったお客さんが、コンサートに行く習慣自体をなくしてしまったことではないか。ドイツでは昨年、7ヵ月のロックダウンが行われ、当時は買い物にもレストランにもコンサートにも行くことができなかった。夏に感染指数が下がると解除されたが、その後筆者は、ショッピングも外食もあまりしなくなった。それをする「習慣」を忘れてしまったからである。 演奏会についても、同様のことが言える。人々は、カルチャー活動に参加するというライフスタイルそのものを、学びなおさなければならないだろう。それを推進するのは、ドイツでは、税金で運営されているオーケストラやオペラハウスの仕事だが、“茨の道”であることは目に見えている。「コロナが音楽界にもたらした害悪は、これから何年も後を引くことになるだろう」と思うと、暗い気持ちになってしまう。Profile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。 No.70連載城所孝吉コロナ後の観客呼び戻しに苦戦
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