17英国屈指の名手が贈る“ロシア愛”がこもった室内楽プロジェクト取材・文:山田真一 写真:青柳 聡ランドゥコフに献呈されていますが、ブランドゥコフは祖父の友人だったのです。しばしば一緒に演奏した仲だったそうです。しかも祖父との共演の際にブランドゥコフは強弱など現在の楽譜とは違うかたちで演奏した、と祖母が教えてくれました。それはラフマニノフ自身の変更だったということで、私も同じように演奏します」 さて、コンサート2日目の隠れたテーマは“ユダヤ音楽”だ。ショスタコーヴィチ、ソロモン・ロソフスキーの作品が演奏される。 「ショスタコーヴィチには多くのユダヤ人の友人がおり、ピアノ三重奏曲第2番はその中の一人ソレルチンスキーに捧げられました。彼は1944年のレニングラード包囲戦から逃れた先のノヴォシビルスクで亡くなり、作曲者は追悼の念をこめてユダヤ的な語法を用いたのです」 ロソフスキーはショスタコーヴィチより少し上の世代の作曲家。「幻想的舞曲」は旋律にユダヤ音楽特有の増二度音程を用いるなど「民族色が明確」で「ラフマニノフの音楽ルーツがロシア正教にあることから対照的に聞こえると思います」という。祖父ユリウスの「バラード」も取りあげられる。20世紀のチェロの巨人カザルスのために書かれ「小品だが愛らしい」とお気に入りのようだ。 イッサーリスは作品によってスティール弦とガット弦を使い分けることでも知られるが、今回はどのような選択をするのだろうか。 「このプロジェクトの後にパーヴォ・ヤルヴィ指揮のN響とプロコフィエフの協奏曲の共演もあり、エッジの効いた音色が求められるので、1740年にイタリアで作られた“モンターニャ”という楽器にスティール弦を張って持っていきます」 選曲から楽器まで反映される“こだわり”も彼の人気に繋がっている。語るべきことの多いイッサーリス、新年の来日が楽しみだ。 演奏活動のかたわらユニークな著作でも知られる英国を代表するチェリスト、スティーヴン・イッサーリス。来年1月に来日し、神奈川県立音楽堂で2日間にわたる独自のコンサート企画「スティーヴン・イッサーリス 室内楽プロジェクト」を行う。自ら選曲&人選しての連続演奏会で、今回のテーマは「ロシアの唄と舞曲と悲歌」。タイトルからして興味深いが、どのような内容になるのかを中心に話を聞いた。 「あまり知られていないのですが、私の祖父はユリウス・イッサーリスというロシアのピアニストで作曲家なのです。ロシア革命によって成立したソ連の文化大使の一人として1922年に祖父は外国へ送り出されました。しかし帰国することはなかった。ですから私がイギリスで生まれたのはレーニンのおかげと言ってもいいのです(笑)」 そのような経緯もあり、イッサーリス自身もロシア音楽に特別の思いを寄せるようになった。これまでにも様々なテーマを掲げ世界各地でコンサートを行ってきた彼だが、最近は自身の“ルーツ”とも言えるロシアに向き合っている。今回の共演者は、ピアノのコニー・シーとヴァイオリンのアンソニー・マーウッド。どちらも気心の知れたアーティストだ。 コンサート初日はショスタコーヴィチとカバレフスキーのチェロ・ソナタにラフマニノフのピアノ三重奏曲「悲しみの三重奏曲」第2番が並ぶ。 「カバレフスキーは現在では演奏される機会のない作曲家ですが、それは彼とソ連政府との関係によるところが多分に大きい…しかし(そうした先入観を持たずに聴けば)彼の作品は素晴らしいと思います。チェロ・ソナタや協奏曲第2番は私の好きな作品です。ショスタコーヴィチのソナタは1934年に書かれ、彼が作曲家として政治的に問題となる前の作品で響きもモダンですね」 トーマス・アデスの作品の初演を手がけ、ジョージ・ベンジャミンやイェルク・ヴィトマンも積極的に紹介するなど現代音楽のスペシャリストであるイッサーリスだが、ショスタコーヴィチを「現代音楽のフロント」と位置づける。彼にとって20世紀作品は“古典”であり自家薬籠中のレパートリーなのだろう。 ラフマニノフは「祖父と同じタネーエフの門弟」というだけに作品に関する話題も豊富だ。 「『悲しみの三重奏曲』は名作ですね。人によって好き嫌いはあるでしょうが、ピュアで感動的だと思います。チェロ・ソナタはチェリストのアナトーリ・ブProleイギリス生まれで現代最高のチェリストの一人。世界屈指の指揮者のもと、ベルリン・フィルやウィーン・フィルといった超一流のオーケストラと共演を重ね、室内楽では、様々な名手とザルツブルク音楽祭などで演奏している。歴史的奏法にも深い関心をよせ、古楽器のオーケストラ、チェンバロやフォルテピアノ奏者との共演も多い。同時に現代音楽にも積極的で、タヴナーやアデス、クルタークらの作品初演も任されてきた。若き聴衆のために執筆した2冊の本は多くの言語に訳されている。
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