eぶらあぼ 2019.9月号
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27新日本フィルは今、変わりつつあります取材・文:柴田克彦 写真:藤本史昭 2019/20シーズンが始まる9月から新日本フィルの音楽監督就任4年目に入る上岡敏之。3年のコラボを経た今、彼はかなりの手応えを感じている。「メンバーそれぞれが自分の音の最大限と最小限を見極めるようになり、段々と“大きな室内楽”が可能になってきました。自発性も生まれてきましたし、新日本フィルは今、変わりつつあるいい時期だと感じています。特にそれが見えてきたのは今年に入ってから。中でも3月のマニャールの交響曲ではこれまでにない音色が出てきました。5月のワーグナーや7月のフランス・プロなどを含めて、何か出来てきた感触があります」 「内面の充実」を目標に掲げる新シーズンは、シューベルトの交響曲(全曲)を柱に据えた。 「大事なことは大声で言えば言うほど相手に届かず、凝縮して最小限に出した時にこそ伝わる。それが内面的な音楽です。4年目の課題は、外面的な効果を狙っていないシューベルトの音楽の中で、オーケストラが自ら起承転結を作っていくこと。これを消化できれば物凄く成長すると思います。またリートの世界を極めたシューベルトには“音楽と言葉の結び付き”が不可欠。感覚だけでは曲になりません。内面の言葉と音楽が結び付いた彼の交響曲を通して、言葉が分からない人にメロディでディクションできる(語れる)ようなオケを目指したいと思います」 それは、彼が重視する「自分たちの最大限と最小限を見つけること」の強化に繋がる。 「ライト級のボクサーはヘビー級の選手とは闘いませんよね。最初から体つきが良い人はいくらでも朗々と表現できます。しかしそうでない者がどうやって表現するか? 例えばクララ・ハスキルのピアノの中にあるffとppは、リヒテルより少なくも多くもない。自分の中にドラマを持っているから同じように説得力があります。新日本フィルも他のオケに対抗するのではなく、自分たちの最大のものを引き出す方向で前に進みたいですね」 また多くのプログラムが、ウィーンものなど「シューベルトとの結び付き」を考慮した内容になっているし、歌劇場の経験を生かした「合唱付きの曲」も注目点の1つ。シューベルトの交響曲第7番とモーツァルトの「レクイエム」の“未完成プロ”(10月)は特に興味深い。 「合唱音楽は伴奏するのではなく、一緒に作っていくものであることをオケに学んでほしい。今回『レクイエム』は、少年少女合唱団や(アルトのソロは)カウンターテナーにも歌ってもらい、管弦楽の編成も極限まで小さくして、純粋なモーツァルトを表現したいと思っています。またこのプロは、シューベルトのロ短調、モーツァルトのニ短調という、早世した二人の悲劇的な調を対比させてもいます」 新シーズンは、「トリフォニーとサントリー、そして横浜みなとみらい、各ホールの器に合ったプログラム」も意識している。その点で目立つのが、サントリーホールで披露されるブルックナーとマーラーの交響曲第7番(9月、20年5月)。特に日本での前者の演奏は、07年ヴッパータール響公演の激遅テンポで話題を呼んで以来となる。 「ヴッパータール響の時は、現地のホールの響きの関係もあって遅いテンポになりましたが、10年以上経っていますし、オケの音色もホールも異なるので、全く違うものになると思います。マーラーの7番はマーラー的でないところが妙味。悲劇性があまりなく、その点では4番に通じる面があります」 他にも名曲を巧みに組み合わせた魅力的な公演が並ぶ中、唯一無名なのがヴァン・デア・パルスの交響曲第1番(20年4月)だ。 「彼はスカンジナビアの作曲家で、ラフマニノフの友だちです。私はその甥から楽譜を見せられて驚きました。『ラフマニノフに似ていながらも、彼ほど過剰ではない20世紀のロシア・ロマン派』といった趣の親しみやすい作品ですが、世界的に見てもほとんど演奏されたことがないかもしれません」 なお客演指揮者陣は「自分を優先しないで、音楽を一緒に作っていける人」を選び、これまで同様「楽員のソロによる協奏作品」にも力を入れている。 「今年の新日本フィルには他のオケでは聴けないものがあると感じていただきたい」と上岡が語る新シーズンが、大いに楽しみだ。Information新日本フィルハーモニー交響楽団 2019/20シーズン 定期演奏会トパーズ〈トリフォニー・シリーズ〉 すみだトリフォニーホールジェイド〈サントリーホール・シリーズ〉 サントリーホールルビー〈アフタヌーン コンサート・シリーズ〉 すみだトリフォニーホール特別演奏会 サファイア 〈横浜みなとみらいシリーズ〉 横浜みなとみらいホール問 新日本フィル・チケットボックス03-5610-3815https://www.njp.or.jp/※2019/20シーズンの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。

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