eぶらあぼ 2019.8月号2
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16外山啓介Keisuke Toyama/ピアノ自由闊達な雰囲気をまとった外山啓介、心身の充実を音から受けとる取材・文:伊熊よし子 写真:武藤 章 2007年のCDデビュー以来、活発な活動を行っている外山啓介が「バッハ〜ベートーヴェン〜ショパン」と題したリサイタルを開く。 「ショパンのエチュードは何曲か演奏していますが、全曲通して演奏するのは初めて。いまようやく自分が取り組むべき時期が来たと思って挑戦することにしました。各曲はそれぞれキャラクターが異なりますが、ひとつの箱というか枠組みがしっかり存在し、そのなかでルバートやテンポなどを明確に考え、ショパンが古典を大切にしたことを踏まえて演奏しなければなりません。楽譜の版に関してはコルトー、パデレフスキ、エキエルなどできるだけ調べ、自分なりにもっともいい方法を見つけて演奏するようにしています」 リサイタルはJ.S.バッハで開幕する。 「ある主催者の方がふともらしたことばが契機になりました。バッハは、神社に行ってまず手を水で清める、そのイメージがあるというのです。僕にとって衝撃的なことばで、今回は編曲作品で心を清めてもらい、ベートーヴェンにつなげたいと考えました。『ワルトシュタイン』は楽器の変遷に伴い、ベートーヴェンが新たな扉を開いた作品だと思いますし、ショパンのエチュードも同様に新しい世界に向かって開かれている。その意味で、自分がいまようやく演奏することの意味合いをしっかり考えることができるようになり、取り組みたいと思ったのです。これまでは自分自身が一生懸命に弾いているという状態でしたが、教える仕事を始めたり、さまざまな経験を積むことで、演奏をプロの仕事としてとらえるようになりました。ある人が“プロというのは最低点を上げることだ”といったのですが、もっともだと思います。いまは聴き手がどう演奏をとらえるか、自分の演奏はこういう風に聴こえてほしいということを考慮するようになりました。楽譜に忠実に演奏するという面でも、ただ忠実に表現するのではなく、一つひとつの音符はもちろん休符の意味も含めて深く考える。それにより作曲家の意図するところが伝わり、作品の真意が表現できると思います」 外山が敬愛するピアニストはレイフ・オヴェ・アンスネスだ。ムソルグスキーの「展覧会の絵」を演奏したいと思ったのも、アンスネスの演奏を聴いたことに端を発する。 「アンスネスの演奏は自分が前面に出るのではなく、あくまでも作品に寄り添い、純粋に音だけで勝負している。あれだけ国際舞台で活躍して多忙にもかかわらず、演奏はとてもていねいで一種の職人芸のよう。僕にとっては神さまですね。あんな音が出したい」 今回、ショパンのエチュードは作品10だが、すでに作品25も視野に入ってきている。 「ショパンは派手に弾いたり華美な表現をすることが可能ですが、けっしてそういう作品ではないと思います。自由に弾いてもいいと思われますが、やはり箱のなかにきれいに詰めることも必要。今回のプログラムは調性も意識し、ハ長調に焦点を当てています。『ワルトシュタイン』もハ長調。まさに原点回帰の趣がありますし、エチュードもハ長調で始まりハ短調で終わる。その意味合いを強く意識し、こうした選曲になりました」 外山は2020年のベートーヴェン生誕250年に向け、いまベートーヴェンのピアノ・ソナタの準備をしている。 「ピアノ・ソナタ第28番(作品101)はぜひ弾きたい。その先にはヴァイオリン・ソナタなどの室内楽も見えています」 今回のリサイタルは、外山啓介のいまの心身の充実を音から受け取ることになりそう。彼は以前から爽快感を放ち、目標に向かってひたすら真摯に歩みを進めるタイプだったが、近年はプロとしての自覚と人間的な余裕が加わり、自由闊達な雰囲気をまとうようになった。それらすべてが演奏に表れるに違いない。冒頭のバッハから心を清め、ベートーヴェンからショパンまで深きピアニズムを全身で受け止め、作品のすばらしさを堪能したい。
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