eぶらあぼ 2019.6月号
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34フィリップ・マヌリPhilippe Manoury/作曲温故知新が未知の世界を生む取材・文:小室敬幸 写真:藤本史昭 武満徹の遺志を引き継ぎ、20年以上続くコンポージアムが、今年も東京オペラシティで開催される。核となる武満徹作曲賞の審査員を務めるのは、フランスを代表する作曲家の一人フィリップ・マヌリだ。これまでも東京藝術大学や京都フランス音楽アカデミーで講座を受け持ってきたマヌリにとって、日本滞在は自身の創作にも影響を与えているという。 「京都に滞在した折、大阪へ文楽を観に行って大きな衝撃を受けました。思いもよらない手法で、物語を音楽によって表現していたからです。それをオペラだけではなく、協奏曲というジャンルに置き換えてみたり、読み直ししてみたりすることで、新しい作品につながっていくのです」 マヌリといえば最新テクノロジーを駆使した作品で知られているため、少々意外かもしれないが、実は、彼は今も謙虚に過去の音楽と向き合うことで、自身の創作の糧としているのだ。 「既に知っているような作品でも繰り返し楽曲分析をやり直すことで、学ぶことが多くあるのです。1970年代に主に勉強していたのは同時代の作品でしたが、歳とともにどんどん視野が広がっていって、古典派やロマン派の作品を積極的に分析するようになりました。こうした音楽のなかには、自分にも取り入れることができる普遍的なものが必ずあるのです。若い頃というのは、どうしても極端な方向に走りがちですよね。でも今は極端なことをやればいいという、そういう時代ではなくなってきたのではないかと思います」 こうした成果が直接的に活かされているのが、6月13日の「フィリップ・マヌリの音楽」で演奏される、ドビュッシーが若い頃に残したものの、消失していた管弦楽組曲第1番の3曲目「夢」である。 「この曲は、まだドビュッシーがドビュッシーに“なりきれていない”状態なのです。シャブリエの影響がはっきりと残っており、後の軽やかさがまだ無い。さらによく聴くと《パルジファル》風のところが出てきたり、その一方で自身の『海』に表れるような要素も聴き取れます」 「ワーグナー風」と後の「ドビュッシー風」を掛け合わせた絶妙なバランスのオーケストレーションを施すことで、まるで作曲者本人による編曲であるかのように仕上げたマヌリの腕が光る一品だ。加えて、個展の目玉となるのが、この日のコンサートのために共同委嘱された「サッカード」というフルート協奏曲である。 「小さなお芝居を想像しながら書きましたが、具体的な物語はありません。独奏が個人で、共同体である管弦楽が対峙。両者の対立があったり、呑み込まれそうになったり、あるいは距離を置いたり…。色んな関連性を音楽として表現しています。最後のフルートソロは、キューブリックの映画『ロリータ』でピーター・セラーズが社会に呑み込まれそうになり、抵抗するかのように早口になって、最終的には何を言っているのか分からなくなる…そんな状態にフルートもなっていきます」 こうした見立てを取り入れた作曲法自体は、決して珍しいものでないどころか、古くからありふれたアイディアなのだが、マヌリの手にかかると手垢にまみれた音楽には一切ならないのが見事。そして個展のメインプログラムを飾るのは、ウィリアム・フォークナーの同名小説から感化された40分超えの大作「響きと怒り」(Sound and Fury)である。 「私自身にとってこの曲は重要作のひとつです。それまで電子音響を使って試行錯誤してきたことを、本作を通じて電子音響を使わずにまとめられたのですから。タイトルの“サウンド”というのは楽音で、“フューリー(Fury)”というのは騒音だと思ってください。最初はクリアだった音がどんどん複雑になり、ノイジーになっていくのです。この曲を書こうとしていたとき、読んでいたフォークナーの小説でも、非常にシンプルな話が徐々に複雑化、最後はグチャグチャになっていきます」 古典と真摯に向き合いながら、安易な新しさに飛びつかずに音楽を書き続けるマヌリこそ、現代音楽という枠を超えて多くの音楽ファンに聴かれるべき存在。新たな出会いが待っていること請け合いだ。

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