eぶらあぼ 2019.6月号
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28森谷真理Mari Moriya/ソプラノサロメの言葉には嘘がなく、誠実で女性としての潔さを感じるのです取材・文:岸 純信(オペラ研究家) 写真:小林秀銀 2006年、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場に《魔笛》の夜の女王で鮮烈なデビューを飾った森谷真理。逞しい声音を鋭く操り、コロラトゥーラ・ソプラノの道をひたすら歩むかと思いきや、19年の彼女はまったく違う境地に到達。日本では、東京二期会で6月に《サロメ》、10月に《蝶々夫人》、そして12月に藤沢市民オペラで《湖上の美人》に主演する。R.シュトラウス、プッチーニ、ロッシーニと、まるで異なるスタイルをどのように歌い上げるのだろうか。 「武蔵野音大での学生時代は、平良栄一先生と高柳佳司子先生のお二人から、主にベルカントのレパートリーを教わりました。でも、20代の前半まで高音域が上手く出せなかったんです。その後、ニューヨークのマネス音楽院のプロフェッショナル・スタディコースで2年間勉強しましたが、アメリカ留学の前、大学院に入ったころから高音が出始めて…そういえば、マネス音楽院の受験前にお世話になった先生から、『これからは、夜の女王か蝶々夫人か、どちらか選びなさい』と言われたことがありました。いま思い出しました…」 その助言が、森谷の未来をまさしく言い当てることに。彼女の声の“果てしない可能性”が見抜かれた瞬間なのかもしれない。 「その時点で夜の女王を選んだのです。ただ、コロラトゥーラに専念するつもりはなかったのです。ダブリンで欧州デビューした時も、《トゥーランドット》のリューの次に《ナクソス島のアリアドネ》のツェルビネッタのオファーが来るといった感じで、本当にいろんなご依頼をいただいて…私の楽器(自分の声を彼女は『楽器』と呼ぶ)はもともとリリコに近いものだと思いますが、様々な役を勉強するなかで、自然と今の状況に行き当たりました。今回歌わせていただくサロメも初役です」 恋する男の生首に口づけし、恍惚となる少女サロメ。R.シュトラウスの壮麗なオーケストレーションのもとで歌い切らねばならない難役である。 「まずはサロメの人間像に共感します。彼女の言葉は端的で嘘がありません。中途半端なところがなく、女性として潔く、欲しいものに前向きで、誠実ともいえる態度をとっています。一方、フィナーレで彼女が〈Lippen 唇〉と言うくだりは本当に官能的ですね。それまではずっと〈Mund 口〉と言っていますからなおさら。こんな風に、練習中に幾つも発見があるのです。ところで、サロメの音型って跳躍が多いでしょう。垂直に音が飛びますし、高い“B♭音”が多いのですが、その辺りは私には歌いやすい音域なので嬉しいです。でも、驚くほどの超低音(五線下の“G♭音”)も出てくるんです。そこに瞬間的にたどり着かないといけないから大変ですが、それもチャレンジですね!」 有名な〈七つのヴェールの踊り〉も観客としては気になるところ。 「踊りは…『できる範囲でベストを尽くします!』としか言えません(笑)。でも、基本的に演出家の要求をまずは受けてみようと思うタイプなんです。バレエを観るのは大好きです。リンツ歌劇場の専属時代はダンサーとの共演も多かったですし、小さいころ、自分でも少しだけやっていました…恥ずかしいから、あまり書いて欲しくないのですけど(笑)」 いやいや、“経験を活かせる人”だと思うので、それも載せておくべきかと。 「経験といえば、17年に《蝶々夫人》を初めて歌ったとき、あまりの長丁場に『さすがに体力勝負だな』と思い、かつ、フォルテで歌い切ったあとにピアニッシモが出てくるなど、表現面でも慎重にバランスをとりながら歌わねばならないと実感しました。今回、2度目の蝶々さんを演らせていただきますが、これからも、与えられた機会に全力投球することで、日々新しく勉強しつつ、苦手な部分が克服できたときの喜びを味わいたいと思っています。《湖上の美人》の後にも《アンナ・ボレーナ》などベルカントものをやってみたいですし、マスネの《マノン》にも憧れています。強いタイプの女性像が好きです。これからも、客席の皆さまに見守られながら歌ってゆきたいです!」

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