eぶらあぼ 2019.5月号
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23ヌヴーになりきって熱いメッセージを伝えたい取材・文:池上輝彦 写真:武藤 章 キエフ国立フィルハーモニー交響楽団と共演を重ねるなど、大谷康子の最近の国際的な活躍は目覚ましい。「今が青春のまっただ中」と語る彼女の新企画は、パリ音楽院教授で世界の名だたる演奏家と共演を重ねるピアノの名手、イタマール・ゴランと全国都市を巡るデュオ・リサイタル。航空事故により30歳で早世した天才ヴァイオリニスト、ジネット・ヌヴーの生誕100年にちなみ、プーランクやラヴェルなど彼女が得意としたフランス音楽中心の演目だ。CD録音で共演したゴランとのデュオで「熱いメッセージを伝えたい」という。 「私が東京藝術大学附属高校に入った頃、西崎信二先生の勧めでヌヴーの録音を聴いてびっくりしました。強靱な精神力で聴き手をぐいぐい引っ張っていく。情熱的でメッセージ性を持つ彼女の演奏に憧れました。私もそんな熱い面があるので惹かれたのでしょう」 今回の中心演目の一つ、プーランクの「ヴァイオリン・ソナタ」は、スペイン内戦で政治犯としてファシストに殺害された詩人ガルシア・ロルカを追悼する曲。ヌヴーがプーランクに委嘱した作品だ。ロルカの詩はショスタコーヴィチが交響曲第14番「死者の歌」のテキストに使ったことでも知られる。芸術を反体制と捉えられた詩人の悲劇に大谷は関心を抱く。 「プーランクはロルカの友人でした。第3楽章には、ここでロルカが死んだのではないかという箇所があります。強烈で恐ろしい曲。単に弾くだけでは全然伝わらない。自分がその立場だったらと思って弾かないと。プーランクはヌヴーのために書いたから、彼女になりきって強靱な精神で弾きたい」 大谷はプロデビュー40周年を記念して2014年、ゴランとの共演でレコーディングをした。東日本大震災の被災地を一緒に慰問して廻った仲でもある。 「40周年のCDはベルリンのイエス・キリスト教会で録音しました。ゴランさんはそれぞれの作曲家ごとに弾き分けて、作品の持つ本質を聴き手に伝える“生きた演奏”ができるピアニスト。私が目指している音楽の方向性と一致しました。そこで録音したリヒャルト・シュトラウスの『ヴァイオリン・ソナタ』について、私がカルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団による楽劇《ばらの騎士》のような感じが出せたらいいなって伝えたら、曲の解釈がここまで一致した人はいなかったと喜んでくれて、意気投合しました。特に第2楽章はスタッフも私も涙を流したほど感動的なレコーディングになりました。今回のツアーでも2ヵ所でこの曲を演奏します。きっとお客様の心を動かす共演になると今から楽しみにしています」 十八番のシュトラウスの「ヴァイオリン・ソナタ」には「オーケストレーションの大家としてのシュトラウスの萌芽、片鱗のようなものが散りばめられている」という。だからオーケストラの豊富な演奏経験が生きる。 今回のツアーではプーランクやフランクのソナタに加え、サン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」やラヴェルの「ツィガーヌ」など大谷とヌヴーがともに得意とする演目が並ぶ。中には特別な思いで弾く曲もある。 「ツアーは5月3日の軽井沢大賀ホールから始まります。(ソニー元社長の)大賀典雄さんは私にとって大恩人。私がデビューCD『夢のあとに』を出せたのは大賀さんのおかげ。だからフォーレの『夢のあとに』は今回のツアーでは大賀ホールでしか弾きません。また、私がどんなにヴァイオリンが好きか、ヴァイオリンという楽器がどんなに素晴らしいかを伝えたいので、皆さんがよく知っている曲も入れます。ラヴェルの『ツィガーヌ』はヌヴーが好んで弾いた曲ですし、私もロマ風のこの曲には血が騒ぐところがあるので、民族的で情熱的な演奏を聴いてほしい」 テレビ音楽番組で司会を務めるなど、タレント性とエンターテイナーぶりを発揮している大谷。しかしそれは一面にすぎない。彼女はソロとオーケストラでの実績に裏打ちされた日本を代表する実力派である。今回のツアーでは王道を行く彼女の本質を聴ける。1708年製の愛器ピエトロ・グァルネリで奏でる魂の音楽は、聴き手に深い感銘を与えるに違いない。Prole実力、人気ともに日本を代表するヴァイオリニスト。東京藝術大学、同大学院博士課程修了。在学中から国内外でソロ活動を始める。華やかなステージと熱く深い演奏は「歌うヴァイオリン」と評される。2019年は5月にイタマール・ゴランと全国ツアー(12都市)、11月にはキエフ国立フィルとウクライナで3年連続の共演を予定。CDは『椿姫ファンタジー』『R.シュトラウス/ベートーヴェン・ソナタ(ピアノ:イタマール・ゴラン)』(ソニー)他多数。東京音楽大学教授。東京藝術大学講師。

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