eぶらあぼ 2019.4月号
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205にベテラン勢のコンペティションでは、半数が海外だった。国内のコンペティションは、一割でも海外勢が入っていれば「国際」と言い出す始末だが、ダンコレの看板に偽りなし。しかも残り半分の日本勢も半数は首都圏以外からの選出であり、フェスティバルとしての矜持を見せたのである。 福岡ではちょっとした驚きの再会があった。8年くらい前のフリンジフェスで、あるご婦人が拙書を持参して「ダンスの海外留学を控えた娘のために」とサインを求めてきたのである。オレは海外のダンス事情を簡単に話しつつ、サインして励ました。すると、なんとその娘さんが、オレが関わっている北海道、ソウル、そして今回の福岡にダンサーとして出演しており、しかも今はロンドン在住で、2週間後には名門劇場のザ・プレイスでソロ公演までやるというのだ。すげえ(オレは何もしてない)。ネットで見る限り、成功裏に終わったようだ。 もう一度言うが、歴史を変えるような才能は、どこにでもいる。今自分がいる場所が絶海の孤島でも断崖の山峡でも、まずは自分の才能を信じていい。 ただし、才能は磨かなければ物にはならない。膨大な数の天才達がその才能を花開かせることなく埋もれていることも忘れてはならない。「才能が開花するために必要な環境」を獲得するところまでを含めて「才能」なのである。美しく、残酷な世界であることに変わりはないのだ。第54回 「世界を変える才能は、そこらへんに溢れているのかもしれない」 ビートルズの例をあげるまでもなく、その分野の歴史を変えるような才能が、狭い町やエリアにかたまって輩出されることがある。まるで奇跡のようだ。しかし広く世界を見渡してみると、同様の例は、奇跡というよりは、ままあるペースで見つけることができる。 神様が奇跡を乱発しているのか。かもしれないが、もう少し合理的な考え方もある。つまり「なぜか特定の時期や地域に天才が集中して現れた」のではなく、「じつは天才といえるほどの才能はけっこうポコポコ現れているのだが、順調に成長するのが難しいだけなのでは。本人の問題や地域の治安や政治経済状態等、阻害要因は色々あるが、少なくともその業界が新しい才能の足を引っ張らなくなるだけで、才能はガッと出てくるのではないか」というものだ。こちらのほうが、確率としては高い気がする。 となれば、日本中、世界中、どんな場所でも。そこらじゅうに素晴らしい才能が生まれている可能性はあるわけだよ。 オレがアドバイザーをしている「福岡ダンスフリンジフェスティバル」は12年目を迎えるが、ますます内容の充実を見せた。なんといっても例年3日間だった開催期間を、一気に6日間に延長し、スウェイン佳子芸術監督は、世界のダンス・プラットフォームへと変貌を遂げさせたのである。地元福岡はもちろん、多彩な参加者がそろった。約半分が海外勢で、もともと強かったアジア勢以外に、スペイン、アメリカ、アルゼンチン等々世界に広がり、都合により来日できなかったもののタンザニアまで予定されていたのだ。日程が延びても中だるみせず、訪れた海外のディレクターも感心して、多くの作品の招聘を決めていた。 また海外ネットワークに強い日本のダンスフェスとしては先駆け的な存在である「横浜ダンスコレクション」も、今年はさらに海外率が高くなった。とくProleのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。うまい酒と良いダンスのため世界を巡る。http://www.nori54.com/乗越たかお

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