eぶらあぼ 2019.3月号
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60Billboard Classicsクリスティーヌ・ワレフスカ プレミアム チェロ・リサイタルチェロ黄金時代の輝きを今に伝え、伝説は伝説のまま生き続ける文:池田卓夫3/23(土)14:00 Bunkamura オーチャードホール問 ムジカキアラ03-6431-8186/info@musicachiara.comhttp://billboard-cc.com/classics/ アメリカ合衆国のチェロ奏者クリスティーヌ・ワレフスカは1948年ロサンゼルス生まれ。2010年には36年ぶりの来日で話題を呼び、13年にも来日したが、その後は足が遠のいていた。コスモポリタン(世界人)の人生を歩んできたワレフスカ。特に今は亡き夫君の国アルゼンチンで得た音楽のエキスは、情熱的で大らかな演奏スタイルに磨きをかけた。 巨人パブロ・カザルスや恩師グレゴール・ピアティゴルスキーをして「世界で最も偉大な才能」と言わせしめ、アルゼンチン出身で後にアメリカへ移ったチェロの名手エンニオ・ボロニーニ(1893~1979)との出会いは、ワレフスカの人生を通じて最大の幸運だった。作曲家でもあったボロニーニは自作の超絶技巧曲にヴァイオリンのパガニーニと同じく、本人だけが演奏する縛りを課していたが、ワレフスカを「真の後継者」と考え、すべての楽譜遺産を託している。 3月23日、Bunkamuraオーチャードホールでのリサイタルでは、ボロニーニ、ピアソラ、ブラガートとアルゼンチンの作曲家を3人も並べ、18世紀フランスのクープラン、19世紀ポーランドのショパン、20世紀ロシアのプロコフィエフという欧州大陸の多様な文化と時代を背負った作品と対比させる。いずれも、ワレフスカの今日まれな歌の呼吸の深さ、伸縮自在の表現が最大限に発揮される名曲である。長くコンビを組んできた福原彰美のクリスタルなピアノの響きにも、ご注目(耳)を!©WANG TE-FANマリエッラ・デヴィーア フェアウェル・リサイタル“完璧”が代名詞である不世出のソプラノの、最後まで完璧な歌唱文:香原斗志3/6(水)14:00 東京オペラシティ コンサートホール問 日本プロムジカチケットデスク03-5308-4570/info@promusica-japan.com デヴィーアの歌も、これを最後に聴けない。その喪失感と言ったらない。“完璧”“完全無欠”が代名詞だったデヴィーア。実際、国内外問わず、すぐれた歌手や耳の肥えたオペラ通に「理想的な歌手は誰か」と尋ねると、決まって返事はデヴィーアだった。ドニゼッティも、ベッリーニも、初期のヴェルディも、声を精巧な工芸品のように隅々までコントロールし、完璧なフォームで歌って、愛も、苦悩も、絶望も、声の色彩や強弱で深く掘り下げ、かつ比類ない格調があった。文字通り不世出の歌手で、代わりがいないし、現れるとも思えない。 オペラの舞台からは昨年春、ひと足先に退いた。だが、一昨年秋、日本での最後のオペラとなったベッリーニ《ノルマ》における彼女の歌唱は、相変わらず若手が束になっても敵わない水準だった。それなのになぜ、もう歌わないのか。美しく、完璧に歌えるうちに身を引くのが、デヴィーアの美学だからである。 逆に言えば、最後のリサイタルも全盛期とほとんど変わらない完璧さが期待できる。ピアノはデヴィーアの呼吸を知り尽くしたジュリオ・ザッパ。珠玉の歌曲に加え、ドニゼッティの《ルクレツィア・ボルジア》や《ロベルト・デヴェリュー》、ヴェルディの《第1回十字軍のロンバルディア人》や《ジョヴァンナ・ダルコ》など、彼女の成熟した歌唱でこそ聴きたい曲ばかり。いまの自分が芸術的に最も輝ける曲が周到に選ばれている。 日本における最後の印象も“完璧”として残す。デヴィーアは自身の美学を貫くに違いない。
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