eぶらあぼ 2019.3月号
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33 10代から第一線で活躍してきた俊才ピアニスト・北村朋幹。2011年ベルリン芸術大学に留学して以来、当地を拠点とする彼は今、新たなステップを踏み出している。 「イェスパー・クリステンセンという素晴らしい音楽家に出会ったのをきっかけに、昨秋からフランクフルト音楽・舞台芸術大学で新たな勉強を始めました。また17年末にボン・テレコム・ベートーヴェン国際ピアノコンクールで第2位を受賞して以降、ドイツ国内外でソロや室内楽、協奏曲の機会をいただくようになりました。以前より移動が多く、日常的に得るインスピレーションも増えた今、『自分を管理しながら、不自然なコントロールを感じてしまわないような』生活のバランスを模索しています」 4月には、日本で「トヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウィーン」と共演する。これはウィーン・フィルやウィーン国立歌劇場の奏者等で構成されたオーケストラ(芸術監督はウィーン・フィルのコンサートマスター、フォルクハルト・シュトイデ)で、今回が17回目の公演。北村にとっては意義深い共演となる。 「私は『クラシック音楽をする日本人であること』に大きな劣等感を感じる一方で、『ドイツ人だから素晴らしいドイツ音楽を弾く』ような音楽家にも出会いません。しかしながらオーケストラのような団体を聴くと各々の特色は明らかです。それが伝統や風土によるものか否かはさておき、自分の住んでいない場所で音楽家として生活されている方々と共演する、というだけで得られるものは数知れないでしょう」 演目は、モーツァルトのピアノ協奏曲第23番イ長調K.488。天才の協奏曲の中でも屈指の名作だ。 「モーツァルトの名作について、言葉で語るのは難しいのですが、K.488についてあえて言うならば、イ長調という調性は、彼の最高傑作と思えるクラリネット協奏曲と同じで、モーツァルトがその調性を使う時だけに表れる何とも表現し難い独特の透明感が、大きな魅力の一つです。それに、オーケストラとの対話がとりわけ多い作品なので、今回のシチュエーションは本当に幸せなものになると思います」 北村は、かねてよりモーツァルトに力を注いでもいる。 「10代の頃は何の疑問もなくモーツァルトばかり弾いていました。『その事以外考えられなくなるくらい集中的に取り組んだ』作品や作曲家は、人生の中得るもの大なるウィーンの音楽家との共演取材・文:柴田克彦で必ず戻って来ると感じています。人生の終盤で、同じように何の疑問も持たず、ただただ自分の幸せのためにモーツァルトを弾いていられたら本当に良いと思いますし、その時に一瞬でも今回の思い出が頭をよぎったら、それもまた幸せだと思います」 フランクフルトのクリステンセンのもとでは、“歴史的奏法”の研究に取り組んでいるという。 「作品も楽器も、音楽史を踏まえて触れるべきだと思っています。そもそもクラシック音楽は、人間が遺した記号から彼らの考えを読み解こうとする分野。自分より圧倒的に素晴らしい音楽家が書いた作品に『これで良いのだろうか』と思いながら触れるのは決して楽ではなく、それでもなお『こうかもしれない』と少しでも近づきたいというのが、基本的な姿勢です。そのための情報として、歴史的奏法の研究は大きな意味がありますし、今は古い資料や楽譜を読みあさり、作曲家直系の弟子の録音を聴くなどして、本質の探求に取り組んでいます。ただ、2000人のホールにスタインウェイのモダンピアノが置いてある現代に何ができるのか?もまた音楽史の続きとして考える必要があるかもしれません。その意味では、いわゆるHIP(Historically Informed Performance)の勉強や古楽器での演奏が作品理解へのヒントになると同時に、モダン楽器の可能性を再発見できるのが面白いところ。それら全ての情報を使って可能性を探り、『答えなき問い』について考えるのが、演奏の理想でしょうか」 今後の活動への期待も大きい。 「今年はボンのベートーヴェン音楽祭など、いくつかの音楽祭に招待されていますし、4年ぶりにソロのCD録音に取り組む予定です。ただ、あまり先のことを考えすぎず、今取り組んでいる作品が次に進むべき道や作品を示してくれるように、ひいては音楽に導かれるように年月を重ねられたら幸せですね」 実りある経験を積んでいる彼の今のモーツァルトが、実に楽しみだ。Prole愛知県出身。東京音楽コンクールにおいて第1位ならびに審査員大賞受賞をはじめ、リーズ国際ピアノコンクールなど数々の国際コンクールで入賞。これまでに読響や名古屋フィルなど国内外のオーケストラと共演。日本国内をはじめヨーロッパ各地で、リサイタルや室内楽、古楽器による演奏活動を行っている。ベルリン芸術大学ピアノ科で学び最優秀の成績で卒業。現在、フランクフルト音楽・舞台芸術大学在学中。

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