eぶらあぼ 2019.3月号
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188クラシックと助成金の関係(前編) ヨーロッパの歌劇場やオーケストラは、一般に公共の機関である。つまり、国や自治体の助成によって運営されている。これは、日本の状況と大きく異なるだろう。我が国のクラシック界では、新国立劇場のような例を除いて、コンサート運営は大抵プライベートである。もちろん、地方公共団体でもホールを運営しているが、助成金という点では、ヨーロッパとは比較にならない。演奏会はまずは自主公演であり、とりわけ海外からのツアーは、音楽事務所が様々な方法を尽くして経済的に「回している」。 これに対してヨーロッパでは、経費の大部分は、税金で賄われている。どれくらいかというと、例えば世界的オペラハウスのベルリン国立歌劇場では、約78パーセントである。2016年度の総支出は、6,784万ユーロ(約84億8,000万円)。そのうち助成金は、5,030万ユーロ(約62億8,750万円)を占める。切符の販売や寄付金で稼いだお金は、1,401万ユーロ(約17億5,125万円)のみだ。平均的な切符の値段は、70ユーロ程度と思われるが、すべての支出を興行収入だけで賄おうとすれば、料金は約5倍の320ユーロに跳ね上がる。実際に払う額が70ユーロで済むのは、国や州が多大の資金を投入しているからだ。 これは、驚くべき事実である。日本で同水準の助成が行われているのは、上記の新国立劇場のみに違いない(平成29年度の年間総支出は、70億7,590万円。助成金は42億2,885万円で、約60パーセントに当たる)。しかしドイツの場合、ベルリン国立歌劇場は国内のあまたの劇場のひとつに過ぎない。同等の補助を受けている団体は、ミュンヘン、ベルリン、Profile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。ハンブルク、ドレスデン、デュッセルドルフ、ケルンに10ほどあり、さらに数十の地方劇場が存在する。そのすべてが、助成によって成り立っているのだ。 しかし一体なぜ、それが可能なのだろうか。ひとことで言えば、「伝統と政治」のためである。封建制においてオペラハウスは、王侯貴族により運営されていたが、第1次世界大戦後、宮廷歌劇場(Hofoper)は国立歌劇場(Staatsoper)に変わった。劇場は既成事実として存在していたので、国が肩代わりし、「王様がいなくなっても潰されなかった」わけである。ドイツの場合は、政治が「クラシック音楽は、国や州が維持してゆくもの」という基本認識を持っていることが大きい。それはある意味で、「国家が自らに許している贅沢」と呼べるだろう。 現実には、劇場に通っている人々の数は、人口の数パーセントに過ぎない。つまり、恩恵に預からない人の方が圧倒的に多いのだが、それでも税金を使って維持する価値がある、というのが、政治的な意図。本当に羨ましい話だが、筆者は近年、これが良い面だけに留まらない、という気がしている。続きは次号で…。城所孝吉 No.32連載

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