eぶらあぼ 2019.2月号
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24白井 晃Akira Shirai/演出現代アメリカ文学作品に基づくダンス作品を特別な舞台で魅せる取材・文:藤本真由 写真:吉田タカユキ 作曲家・ピアニストであり、神奈川芸術文化財団の芸術総監督を務める一柳慧。演出家・俳優であり、同財団が運営するKAAT神奈川芸術劇場の芸術監督を務める白井晃。二人の芸術監督が共同で新たな芸術表現を追求する「神奈川芸術文化財団芸術監督プロジェクト」は2016年にスタート、KAATを舞台にしての美術展示とダンス・音楽のコラボレーション、神奈川県立音楽堂での演奏会など、多彩なプログラムを実現させてきた。その第3弾となる今回は、神奈川県民ホール大ホールでダンスパフォーマンス『Memory of Zero』を上演する。一柳の音楽を用い、白井が構成・演出を担当、第1部はダンスの変遷をたどる「身体の記憶」、第2部はポール・オースターの小説『最後の物たちの国で』を基にした作品という二部構成だ。 「僕は2006年、この神奈川県民ホールで、一柳先生が作曲された《愛の白夜》でオペラの演出に初めて挑戦したのですが、音楽が難しくて面食らいました(笑)。最初がモーツァルトなどの作品だったらまた違っていただろうなと思いましたが、本当にいい経験になり、その後、オペラの演出もいくつかやらせていただくようになりました。今回、県民ホールでの上演ということで、観客の皆さんに、開館44年目を迎えたこの劇場をより身近に感じ、劇場というものを考えていただけるような公演にしたいなと。パフォーマーとオーケストラはもちろんのこと、400〜500席の特設席を舞台上に設置する“ステージ・オン・ステージ”形式で、観客のみなさんにも舞台に上がっていただき、普段はなかなかご覧になる機会のないステージから眺めた客席の風景も、劇場空間として感じてもらえればと思っています」 現代アメリカを代表するポール・オースター作品のうち、白井はすでに『ムーン・パレス』『偶然の音楽』『幽霊たち』の舞台化・演出を手がけ、高い評価を得てきた。今回取り上げる『最後の物たちの国で』は、行方不明の兄を追い、何もかもが破滅へと向かいつつある悪夢のような世界へと行き着いたヒロイン、アンナが綴る手紙がモティーフ。横浜バレエフェスティバルの芸術監督も務める遠藤康行が振付を手がけ、モナコ公国モンテカルロ・バレエ団のプリンシパルとして活躍する小池ミモザがアンナに扮する。 「ディストピアの中でも生き抜こうとするアンナの力強さにぴったりだと出演をお願いしたところ、快諾してくださったのがうれしかったですね。メイン・キャスト以外のダンサーについてはオープンのオーディションを行ったのですが、本当に多くの、優秀な方々が応募してくださって。1980年代から2000年代にかけて、この県民ホールで、ピナ・バウシュやフィリップ・ドゥクフレ、インバル・ピント&アブシャロム・ポラックなど、多くのコンテンポラリー・ダンスの来日公演を観て、ダンス作品の中の演劇性に非常に刺激を受けました。当時、自分が主宰していた劇団『遊◉機械/全自動シアター』でも、6時間稽古時間があったら4時間は役者の身体表現の追求に費やしていたり。その県民ホールでダンス作品を創るということは、僕にとって原点回帰のような気がしています」 一柳が東日本大震災を機に作曲した「交響曲第8番 リヴェレーション2011」を、楽曲の初演にもあたった東京シンフォニエッタが、板倉康明の指揮のもと演奏。一柳自身もピアノ演奏でステージ上に登場する。 「一柳先生、私、遠藤さん、そして板倉さんと、どの曲が良いかアイディアを出し合ったりして、四つどもえで創作にあたっている感じです。額縁舞台にせよ、オーケストラピットにせよ、照明にせよ、劇場というのは観客に集中を強いるためにできあがった空間だと思うんです。それをもう一度考え直してみたい。拡散をいい意味でコントロールしたいというか、きれいにまとめ切らないようにまとめたいなと思っています」

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