eぶらあぼ 2019.1月号
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42取材・文:宮本 明 写真:藤本史昭若林 暢フォーレの「ヴァイオリン・ソナタ」と「タイスの瞑想曲」にも若林暢の芸術性が刻印されています 2016年に58歳で急逝したヴァイオリニスト若林暢。残念ながら日本ではその実力と名前を広く知られないままだったが、昨年リリースされた国内初CDが高い評価を得るなど、にわかに注目を集めている。若林は1980年代にジュリアード音楽院で名教師ドロシー・ディレイに師事しているが、そのときに同門で学んでいた学生の一人に、現在ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の団長を務めるヴァイオリニスト、ダニエル・フロシャウアーがいる。11月、ウィーン・フィルとともに来日した彼に当時のことを聞いた。 「私がジュリアードで学んだのは82年から12年間です。ノブは私より8歳年上でしたが、彼女がやってきたのは85年頃だったでしょうか。一時期のブランクから復帰したばかりだということでした。彼女の演奏を初めて聴いた時のことはとても鮮明に憶えています。モーツァルトの第4番のヴァイオリン協奏曲を、非常に優雅にスタイリッシュに弾いていました。ブランクの痕跡もわずかにうかがえましたが、素晴らしい演奏だったことには変わりありません。すでに自分の芸術を持ったアーティストでした。もちろん、もういくつかのコンクールで結果を残していたわけですからね。だからジュリアードの多くの学生とはまったく逆です。ジュリアードには、テクニックは最高だけれども、芸術的には今ひとつという学生も少なくないですからね」 若林が一度はヴァイオリンから引退したのは、結婚がきっかけだった。84年に結婚のためにニューヨークに渡り、家庭生活に専念することを選んだ。しかし1年ほどで復帰を決意、ジュリアードに入学した。 「彼女がカーネギーホールで開いたデビュー・リサイタルを、『ニューヨーク・タイムズ』の高名な批評家ティム・ペイジが絶賛していたはずです」 87年のこと。その評は、若林暢音楽財団の公式サイトにも掲載されている。──彼女はエレガントなヴァイオリニストだ。音にふくらみがあり、音量も豊かで、しかも美しい。…その解釈は情緒に満ち、忠実で、細部にわたって綿密に磨き抜かれている──ニューヨーク・タイムズ(ティム・ペイジ) 「昨晩ホテルで、ノブの新しいCDを聴きました。素晴らしかった。『タイスの瞑想曲』も好きですが、一番気に入ったのはフォーレのヴァイオリン・ソナタ第1番です。非常に懐かしかった。80年代と2011年の演奏が収録されているということですが、その違いはあまり感じません。どちらもノブの芸術です。ジュリアード時代の演奏にも、ブランクの影響はすでに聴かれません。もともと持ち合わせていた技術の高さと、ディレイ先生の教え方がうまかったおかげでしょう。もちろん短期間でそれを成し遂げたのは、彼女の意志の強さがあったからこそでしょうけれども。とても自然で、非常に魅力的な甘いトーン。芸術的で、ヴィブラートをとてもうまく使っているのが印象的です」 現在も親日派のフロシャウアーだが、当時から日本人留学生のグループと交流があり、そこに加わった若林とも自然に親しくなった。 「人気者で、みんなを和ませる明るい性格。いつも周囲にエネルギーを与えてくれる彼女に、短い人生しか与えられていなかったのは非常に悲しいことです。とてもショックでした。信じられない。彼女の名前を冠した財団が、彼女の遺志を継いで若い演奏家をサポートするような活動をしてくれることを期待しています」 日本の風習ではちょうど三回忌が終わったところなので、さまざまな活動はこれから本格化する予定だという説明を受けると、「私にできることがあれば喜んで協力させていただきますよ」と、うれしそうにうなずいた。 まだ始まったばかりの若林暢の再評価──いや、日本ではいまだその真価を知られざる孤高のヴァイオリニストを私たちが「新発見」するプロジェクト。まずは、多くの識者たちが口を揃えて絶賛する奇跡の録音の数々に、ぜひ耳を傾けてみてほしい。ウィーン・フィル団長ダニエル・フロシャウアーが若わかばやし林 暢のぶの人と芸術について語る
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