eぶらあぼ 2018.12月号
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42 世界のダンスファンで、勅使川原三郎の名を知らぬ者はない。一年の多くを海外で過ごし、自作公演に加えてパリ・オペラ座バレエ団への振付や、欧州有名歌劇場へのオペラ演出も多数。その高い評価の理由の一つは、彼が西欧の芸術史を理解し、独自の解釈を提出できるアーティストだから。協働する佐東利穂子と、ウィーンを拠点に活躍するハイメ・ウォルフソンの指揮で日本の7名の精鋭が演奏する20世紀の傑作2曲を踊るこの公演では、その芸術の秘密に触れることができる。 シェーンベルク作曲「月に憑かれたピエロ」の起源は、ベルギー象徴派の詩人、アルベール・ジローの仏語の詩。コメディア・デラルテのお人好しの道化は、19世紀に月夜に報われぬ恋を嘆くピエロに変容して大衆劇の人気者になったが、ジローは月の狂気を発展させ、ピエロを背徳的な闇の世界に遊ばせた。その独語版の上演用に、ある女優がシェーンベルクに新曲を依頼。そして1912年に誕生した楽曲は、古典的ハーモニーを破壊し、耳馴染み良いメロディも排除、21篇の詩の語りと器楽が混然一体となる“シュプレッヒゲザング”を導入して、いま聴いてもゾクゾクするほど刺激的だ。 今回の歌手は、本公演のためにベルギーから来日するソプラノ、マリアンヌ・プスール。「稀代のピエロ歌い」とされ、勅使川原も「魔術的な声で曲の音調の微妙な変化、奇妙な言葉による詩世界を描き出す特別な才能」と信頼を置き、佐東も「2011年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの共演から時を経た、彼女と自分の変化が楽しみ」と語る。この新ウィーン楽派の深遠な世界観をダンスで表現取材・文:岡見さえ12/1(土)18:00、12/2(日)16:00、12/4(火)19:30 東京芸術劇場プレイハウス問 東京芸術劇場ボックスオフィス0570-010-296http://www.geigeki.jp/楽曲を勅使川原は「人間の身体の生理的かつ感覚的、無軌道な展開と、人体の諸組織が綿密に作動し合うごとく厳密な構成を同時に持つ楽曲」と捉え、「神経組織を昼間と異なる真夜中の時間にばらばらに放り出し、超自然の陰の力、人間と非自然の中間にある力が描き出した画像から極度な物だけが飛び出してきた、見てはならない世界を感じる」という。世紀末のシュルレアリスティックな夢想が、舞踊となって立ち上る瞬間は絶対に見逃せない。 『月に憑かれたピエロ』が「劇的ダンス」ならば、対する『ロスト・イン・ダンス―抒情組曲―』は「ダンスに憑かれた踊り手」佐東に勅使川原が捧げる「純粋ダンス」。シェーンベルクの薫陶を受けたベルクが十二音技法で作曲した「抒情組曲」(全6楽章、1926)に拠るが、楽曲の主題に沿って構想せず、「ダンスの神話性」を彼のミューズであり芸術の“共犯者”の佐東に重ね、創作したという。音、空気、観客の意識といったダンサーの身体を取り巻くすべてに反応し、鍛え抜かれた身体技法で言語化不能な感覚をダンスに変え、再び空間に送り返す二人の仕事は、表現という語が陳腐に思えるほどに純粋で強くまっすぐ観客に響く。「流行やコマーシャリズムから距離を取るとき、ダンスは個人的な神話として立ち上がり、その潜在的な力が解放される」と勅使川原は語る。知的興奮と感覚の悦楽を、ぜひあなたも。芸劇dance勅使川原三郎『月に憑かれたピエロ』『ロスト・イン・ダンス―抒情組曲―』勅使川原三郎 ©Akihito Abe佐東利穂子 ©Akihito Abeマリアンヌ・プスール
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