eぶらあぼ 2018.7月号
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168日香)の相聞歌という個人的な思いに絞ったのが勝因だろう。 家持といえば三十六歌仙の一人。なので、てっきり丸眉でおじゃるおじゃるかと思いきや、多賀城には蝦夷征討の大将としての着任で、戦闘能力も高かったと思われる。蝦夷とは朝廷に従わない東北土着の豪族達への蔑称だが、じつは農業もしていて文化度は高かったといわれる。蝦夷の名将アテルイと、初代征夷大将軍の坂上田村麻呂との激闘と悲劇など、面白い話は色々あるのだが、日本の場合、ほとんど描かれない。歴史ドラマや小説、マンガの題材に取り上げられるのは幕末と戦国時代、せいぜい源平の戦いくらいで、主人公がタイムリープして遭遇するのは織田信長や新選組ばっかりだ。ゲームだと三国志や水滸伝…日本ですらない。田村麻呂、けっこう頑張ったよ…。いまも素敵エピソードを民芸品の「三春駒」で現代に伝えているのに…。 ギリシャ神話等と比べると不自然なほどだが、日本は神話と天皇制が直結しているため戦後教育で外されたのか。こういう半分神話みたいな物語こそ、イメージが膨らんで芸術の源泉になるのに。ギリシャ神話で「愛するエウリディケを取り返しにオルフェウスが冥界に降りて行く話」はオペラやダンスで人気の題材だが、じつは古事記の「イザナギが冥府にイザナミを取り戻しに行く話」も、基本構造はほとんど一緒なのだ。鉱脈は、まだまだあるぞ。掘り起こせ!第45回 「意外に武闘派だった三十六歌仙を、ダンスやオペラに!」 この連載も今回で45回を迎えさせていただく。大変ありがたい。もっともクラシック音楽情報誌にダンスのことを書いているオレはいわば外様で、マイルドに喧嘩を売っていく気合いで書いているわけだが、皆様ご機嫌いかがでしょうか。 とはいえ、先日宮城のオペラ的なプロジェクトの取材に行った際、初対面の音楽家の方々から本連載を読んでいると声をかけていただき、「ぶらあぼ」のさすがの浸透力を目の当たりにした次第である。 ちなみにそのイベントは「多賀・光の多面体」というもの(企画・構成・総合演出は志賀野桂一、演出・振付・出演は中村明日香)。大伴家持に片思いしていた山口女王が(なぜなら家持は坂上大嬢とラブラブだったので)切ない胸の内を詠んだ万葉集所収の歌を軸に、ダンス・能・日本舞踊・オペラ・器楽の生演奏や合唱、光のアートで描くもの。会場となったのは東北歴史博物館の水上野外能舞台。背景にうっそうとした森を抱えた小山が控え、前に広がるかなり大きな池にぽつんと能舞台が浮かぶ。水中に仕込まれた光のアート(ヤマザキ・ミノリ)が幽玄な空間を立体的に映し出し、コンテンポラリーとの共演にも積極的な能楽師の津村禮次郎が大伴家持を演じて全体を締めた。さらに夢の場ではオペラに託して中鉢聡(テノール)・文屋小百合(ソプラノ)・早坂知子(同)が歌い、その全体を概観する藤原定家(日本舞踊の中川雅寛)も若々しい。さらにピアノやヴァイオリン、雅楽まで加わっての生演奏。もちろん合唱まで…っと、読者もそろそろ飛ばして読んでるだろうから、あとは各自ググって。 こういう趣向はゴチャゴチャしがちだが、不思議と一体感があった。家持が任ぜられ没したとされる宮城・多賀城の地元感、それに山口女王(中村明Proleのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。うまい酒と良いダンスのため世界を巡る。http://www.nori54.com乗越たかお

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