eぶらあぼ 2018.5月号
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30サカリ・オラモSakari Oramo/指揮伝統の音を守りながら革新を加え、さらなる高みへ取材・文:伊熊よし子 フィンランドの音楽一家出身のサカリ・オラモは、1998年バーミンガム市交響楽団の音楽監督に就任し、一躍世界の注目を集めた。以後、フィンランド放送交響楽団を経て、現在はロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者・芸術顧問をはじめ、BBC交響楽団やウェスト・コースト・コッコラ・オペラなどの首席指揮者を務めるという超多忙な身である。 「バーミンガム時代の10年間は、指揮者としての基礎を磨いた時期です。私はこのオーケストラの“音を変えた”と自負しています。オーケストラはそれぞれ固有の音を持っていますが、私は各オーケストラの伝統を守りながらもそこに革新を加え、より高みを目指して前進するような音を作り出していきたい」 オラモは7歳からヴァイオリンを始め、フィンランド放送響のコンサートマスターを務め、やがて指揮者に転向した。 「93年にフィンランド放送響の指揮者が急にキャンセルとなり、私が指揮をすることになりました。ブラームスの交響曲第1番です。指揮者になりたいとずっと願い、指揮の勉強をしていましたし、ヴァイオリンを弾きながらいつも指揮者の様子を注意深く観察していましたから、なんとかうまくいきました(笑)」 この成功により指揮者としての道を歩む。この3月にはBBC響との日本ツアーが行われ、オーケストラとの絆の強さを示したが、9月にはロイヤル・ストックホルム・フィルと来日し、3種の練られたプログラムを披露する。 「辻井伸行さんとのベートーヴェンの『皇帝』は、初共演ですのでとても楽しみです。彼のビデオを拝見し、すばらしい演奏に感動しました。まず、彼がどのように演奏するかをじっくり見極め、オーケストラとの入念なリハーサルを行い、密度の濃い音の対話を心がけます」 チャイコフスキーの交響曲第5番、ベートーヴェンの「運命」、マーラーの「巨人」に関しては、オーケストラの精度をより高め、聴き慣れた作品に新風を吹き込みたいと語る。 「私はリハーサルを何よりも大切に考えています。まずオーケストラに自由に演奏してもらい、その後、細部にいたるまで練り上げていきます。楽譜の裏側まで読み込むよう、各セクションの練習も行い、完璧なる美を追求していきます。ロイヤル・ストックホルム・フィルは昔からいいオーケストラだと思っていましたが、さらに上を目指し、より成熟していく余地があると思っていました。私は彼らに“自信を持たせた”と思っています。現在は、実力が存分に出せるような力が備わり、力が責任感を伴い、それが音楽に表れるようになりました」 ノーベル賞のオーケストラと称される同オーケストラは、今回特別な「ノーベル賞」組曲とベートーヴェンの「第九」も演奏する。 「これは特別なプログラム。オーケストラのディレクターと私との話し合いで決めました。ノーベル賞の授賞式や晩餐会で演奏されるファンファーレや祝祭的な音楽を聴いていただきます。『第九』はスウェーデンが誇る歌手が参加し、新国立劇場合唱団との共演となります」 いま、スウェーデンでは自国作曲家の音楽を見つめ直す動きがあり、今回のオープニングに登場するヘレーナ・ムンクテル(1852〜1919)の交響的絵画「砕ける波」は、オラモがぜひ多くの人に知ってほしいと願って選曲した。 「ロマンあふれるとても美しい作品です。あまり演奏される機会に恵まれない優れた作品を今後も取り上げたい。現代作品に関しては、いまウィーン・フィルとペア・ノアゴーの交響曲を録音しています(デンマークのダカーポ・レーベルよりリリース予定)。これも多くの人に知ってほしい」 進取の気性に富むオラモは、「学ぶことが山ほどあって時間が足りない」と笑う。唯一の息抜きは「森の中の散歩」だそうだ。オーケストラの自主性を重んじ、ソリストの自由を尊重するマエストロは、共演者から敬愛され、再び共演したいという要望が後を絶たない。9月の3公演は、特別な空気に包まれそうだ。

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