eぶらあぼ 2018.5月号
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29ベートーヴェンの音楽は、「プロメテウス」に始まっています取材・文:柴田克彦 写真:藤本史昭 世界的指揮者フランツ・ウェルザー=メストは、今年6月、2002年から音楽監督を務めるクリーヴランド管弦楽団を率いてベートーヴェンの交響曲全曲演奏会を行う。これは楽団創立100周年に、地元とウィーンに続いて東京で開催される重要なプロジェクト。2010年の鮮烈な名演以来8年ぶりの来日公演と相まって注目度は高い。 本ツィクルスは“プロメテウス・プロジェクト”と銘打たれている。プロメテウスは、盗んだ天界の火を人間に与えて罪を蒙るギリシャ神話の男神。人間を創ったとも不滅の存在ともみられている。 「私はベートーヴェンの時代、すなわち18世紀半ばから19世紀初めの哲学や美学の変化を物凄く勉強しました。そこでは、啓蒙主義、ドイツ理想主義、初期のロマン主義等の動きがある中で、ギリシャ神話と古代ギリシャに立ち返り、プロメテウスがシンボリックな存在として取り上げられていました。そしてベートーヴェンもアリストテレスやプラトンの書物を読むなど哲学への造詣が深かったのです。これらを勉強すればするほど『ベートーヴェンの音楽は哲学を音に変えたものである』との確信が深まりました。同時に数年前、『善を求める闘いは真理を求める闘いよりも尊い』というプラトンの言葉に惹かれました。19世紀初めの哲学では、この“善を求める闘い”も多く取り上げられたのです。私はこうした歴史を踏まえて、今回のツィクルスを“プロメテウス”と名付けました」 演奏も「プロメテウスの創造物」序曲で始まる。 「このバレエ音楽を研究すると、ベートーヴェンの作品のリズムや動機、旋律などは、ここから継続し発展していったことがわかります。彼は1つの音楽的なアイディアを長く温めながら完璧なものへと発展させていきました。各々の作品が違う性格をもっていながらも、すべてが1つの宇宙の中にある。そのはじまりが『プロメテウスの創造物』なのです」 各公演の曲の組み合わせにも意味がある。 「まずはプログラムの中に様々な世界観を入れるよう構成しました。例えば、第6番『田園』、第2番、『レオノーレ』序曲第3番のプロ。第6番には自然や宗教やロマン派的な要素、第2番には『第九』を予感させる人間のワイルドな面や兄弟愛、『レオノーレ』には政治的な面があります。第8番と第5番の組み合わせは、ユーモアと自由への哲学が相対しています。また『第九』の前に演奏する『大フーガ』は、ベートーヴェンが書いた最も精神性に満ち溢れた作品。フーガは厳格な形式ですが、精神は最も自由になれる。これは『第九』にも含まれた大切な要素であり、その点を関連付けています」 演奏にあたって大事なのは「作品のイデー=理想を理解すること」だという。「例えばベートーヴェンのメトロノームの指示は、生き生きとした表現のためのもの。大事なのは数字よりも精神に従うことです。楽器配置に関しては、ずっとヴィオラを右側に置いています。我々の目標の1つは、いかなる大編成でも互いに聞き合って室内楽のように演奏すること。その点で対向配置は本拠地のホールに合いません。人数も曲によって異なり、3、5、6、7、9番は倍管で演奏しています。無論、歴史的な考察も行いますが、当時の美的感覚等も知る必要がありますし、何よりベートーヴェン自身は常に高いビジョンを追求していました。なので、歴史的な楽器等を重視するのでなく、様々な面からその精神に触れるべきだと思っています」 ちなみに「楽譜はベーレンライター版で、リピートは全て行う」との由。 ところで彼が音楽監督になって15年、クリーヴランド管の変化やいかに? 「この楽団は音楽監督だけが最終的な楽員の採否を決定できますので、現在の約半数は、私が決めた団員です。採用の基準は、先ほど申し上げた室内楽的な演奏というビジョンに合うかどうか。また、より声楽的なサウンドを求めて、毎年オペラを演奏するようにしました。これらによってクオリティやフレキシビリティが変化し、実際過去3年の間に、ニューヨーク・タイムズから『アメリカのベストオーケストラ』と何度も書いてもらいました」 絶好の状態で行われる満を持してのプロジェクト。大いに期待したい。Proleその動向が常に世界中の注目を集める国際的スター指揮者の一人。1960年オーストリアのリンツ生まれ。ロンドン・フィル、チューリッヒ歌劇場、ウィーン国立歌劇場などの音楽監督を歴任。2002年よりクリーヴランド管弦楽団音楽監督。同団とは22年までの契約延長が発表されている。近年ではブルックナーの交響曲、ブラームスの交響曲・協奏曲・「ドイツ・レクイエム」のDVDが高い評価を得ている。またドイツ・グラモフォンからは、ベートーヴェン交響曲第9番、ワーグナー作品集、ウィーン・フィル ニューイヤーコンサートなどをリリースしている。
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