201706
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69ネルソン・フレイレ(ピアノ)円熟のピアニズムがもたらす香気文:江藤光紀佐藤卓史(ピアノ) シューベルトツィクルス 第7回 人生の嵐ウィーンの銘器で表現するシューベルト晩年の世界文:高坂はる香7/4(火)19:00 すみだトリフォニーホール問 トリフォニーホールチケットセンター03-5608-1212 http://www.triphony.com/6/22(木)19:00 東京文化会館(小)問 アスペン03-5467-0081 http://www.aspen.jp/ ネルソン・フレイレの同世代にはデュオでの競演も多いアルゲリッチの他、バレンボイムやゲルバーと南米出身者だけでも豪傑ピアニストがずらりと並ぶ。彼らに匹敵する実力を認められながら、しかしフレイレはスターの輝きから一歩下がったところで、静かにほほ笑んでいる人という印象があった。派手さや技巧ではなく、ちょっと絞った慈しむような演奏からそんな人柄が想像されたのである。 今回のリサイタルは2014年の久々の来日に続くものだが、そんな彼のスタイルが広い共感を呼ぶきっかけになるのではないか。筆者も改めて近年のディスクなどを聴きなおし、70歳を超える老境に入り本当にいい感じに熟してきたと思った。ショパンの夜想曲や子守歌の密やかなパッセージから立ち上る香気はフレイレでしか聴けないものだし、バッハのパルティータや組曲はアプローチの引き出しが多く飽き ハノーファー留学中の2007年にシューベルト国際ピアノコンクールで優勝、各地での精力的な演奏活動によりヨーロッパでもシューベルト弾きとして認められるようになった佐藤卓史。彼が14年から行っている、シューベルトのピアノ関連器楽曲を網羅する「シューベルトツィクルス」は、7回目を数える。回を重ねてシューベルトへの理解をより深めてゆく中、今回取り上げるのは、4手による作品を中心としたプログラム。ゲストは、05年のシューベルトコンクール優勝者で、ドイツの新聞で“黄金の手を持つピアニスト”と評されたという川島基(もとい)だ。 シューベルトのスペシャリスト2人が奏でる連弾曲の中で特に注目したいのは、「人生の嵐 D947」と「大ロンド D951」。シューベルトの死の年である1828年に書かれた作品で、人生の苦悩のすべてを解き放つかのようなることがない。ダイナミックなフレーズも勢いに任せるのでなく、バランスを保ちながら温かく脈打たせる。そこに流れているのは、年輪を重ねてきた人の揺るぎない確信だ。 今回も冒頭にバッハのコラール3曲を置き、祈りのように始まる。落ち着いた調べに導かれ清らかに迎えるシューマン「幻想曲」、ショパン「ピアノ・ソナタ第3番」の2曲はフレイレの本領レパートリーだから要注目だ。ロマンティシズムとポエジーが堪能できそうだが、その間前者と、苦難を乗り越えた境地にたどり着いたかのような後者で、シューベルト晩年の精神世界を表現する。 ソロでは、「12のドイツ舞曲」や「5つのエコセーズ」、「12のレントラー」など、演奏機会の多くない舞曲集が取り上げられる。誠実な姿勢で作品を探究する佐藤らしく、楽曲の魅力を浮き彫りにする音楽を聴かせてくれることだろう。 使用楽器は、ちょうどシューベルトが没した1828年に創業したウィーンの老舗ピアノメーカー、べーゼンドルファーのインペリアル。芳醇なウィンナー・トーンが紡ぐシューベルトの魅力を味わうことができそうだ。にドビュッシー「子どもの領分」がちょこんと挟まれているのが、なんだかかわいらしい。円熟のピアニズムが紡ぎ出す音の豊かな表情を愉しみたい。©Takaaki Hirata

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