eぶらあぼ 2017.3月号
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気分は明日必ず話したくなる?クラシック小噺capriccioカプリッチョ169オークションで自筆譜を競り落とす(その1) 前回、サインについて取り上げたが、今回から2回にわたって、“一段階上”の「自筆譜」または「自筆文書」(オートグラフ)の話をしよう。オートグラフは、ヨーロッパでは、我々が思う以上に頻繁かつ日常的に取引されている。公開でオークションが行われ、普通の人でも買い付けることができるのである。 ドイツにも、古文書を扱ういくつかの大手業者が存在し、例えばベルリンでも、年に1、2回ほどオークションが行われる。政治、学問、文学、美術、舞台の全分野で、公文書、手紙、原稿、楽譜、事務上のメモなどが競売に掛けられ、音楽はその一部として扱われている。普通、事前にカタログを請求するのだが、そこには個々の品と共に評価額が記されており、これを基準に入札する。リストアップされるのは、マリア・テレジアの勅書からフロイトの診断書まで、実に様々だ。 評価額は、もちろん歴史的な重要度に応じて決められる。音楽家に限らず、当人が有名であればあるほど金額が高い(当たり前だが)。そして音符が書かれていれば、ぐっと値段が上がる。もうひとつ重要な要素は、その人の文書の総量がどれくらい残っているか、ということである。 具体的に言うと、普通の稼ぎをしている人間が買える作曲家は、ロッシーニが限界だろう。彼のものは、「今晩、お宅に伺います」といった、使者に渡した事務的なメッセージでも、5,000〜6,000ユーロ(約60〜70万円)はする。いわんや楽譜をや。ある時、シューベルトの歌曲が市場に出たことがあったが、評価額で数百万円であった(オークションの前日に実物を見たが、手袋をして触れた手が震えた!)。ウェーバーProfile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。のコンツェルトシュトゥック(自筆浄書総譜)は、12万ユーロ(約1,500万円)の予想入札額だったと思う。そう、そんなにすごいものが出品されるのである。逆に、ダルベールの誰も知らないオペラの草稿は、確か2,000ユーロ(約25万円)くらいだった。出版もされていない秘曲で、貴重だと思うのだが、誰も関心がない作品は残酷なくらい安価で取引される(あるいは買い手が付かない)。まさに市場原理である。 楽譜でも、本当の草稿ではなく、例えば友人へのプレゼントとして書いたものは、俄然値段が下がる。アルバムブラットと呼ばれる、「楽譜付きのサイン」である。もっとも、ヴェルディが〈女心の歌〉の旋律を記したものならば、100万円は下らないだろう。しかし全曲譜でも、機会的なものになればなるほど価値が下がる。ある時、シューベルトの〈野ばら〉(!)が出品されているので驚愕したが、6つほどある写譜のひとつで、最初のものではなかった(それでも1,500万円くらいはしたが)。逆にブルックナーの交響曲第9番のスケッチは、音楽史的に絶大な価値を持ち、数小節でもとても手が出ない。つまり“創意”が注ぎ込まれたものであればあるほど、値段が張るのである(次号に続く)。城所孝吉 No.8連載
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