eぶらあぼ 2017.2月号
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気分は明日必ず話したくなる?クラシック小噺capriccioカプリッチョ153出待ちとサイン会の「条件」 コンサートの後、楽屋口の前でサインを求めて待つ「出待ち」。これは日本では、かなり定着した制度(?)だと思う。欧米のオーケストラ団員がサントリーホールから出てきた際に、何十人とファンが並んでいるのを見ると、「おーっ」と思うものである。逆に言うと、ヨーロッパではこれはあまりない。例えばベルリン・フィルの楽屋口に人々が列を作って待つ、ということはやや考えにくい。地元オケの団員にサインを求める人は少ないし、指揮者やソリストのサインが欲しい場合には、本人の楽屋まで行くのが一般的(?)だからである。あまり大声では言えないが、日本のホールと違い、ドイツでは個人楽屋まで行くことは、それほど難しくない。ベルリン・フィルハーモニーでは、現在でこそ入口に「門番さん」が立っているが、数年前まではホール内部から直接行くことが可能だった。もちろん、本来は許されていないことである。コンサートで警戒網を潜り抜けて楽屋まで押しかけるのは、ごく少数の熱烈なファンに過ぎない。 これに対し、オペラでは出待ちはずっとポピュラーである。スターが登場すれば、楽屋口に7、8人が並ぶことはごく普通にある。個人の人気が重要なジャンルなので、劇場側もファンの熱意を許容しているのだろう。もちろん歌手にとっても、ファンが自分を待っていてくれることは、原則的に嫌ではない。20年ほど前、大プリマドンナのギネス・ジョーンズがベルリン・ドイツ・オペラで100回目のエレクトラを歌った時、彼女は冬空の下、大挙して待っているProfile城所孝吉(きどころ たかよし)1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。ファンを見て、「ここは寒いでしょ。皆、中にお入りなさい!」と言い、全員を建物のなかに招き入れてサインしていた。出待ちは自分の人気のバロメーターであり、やはり嬉しいのである。 とは言うものの、アーティストが好んでサインするかどうかは、状況による。例えばホール側がサイン会を設ける時――とりわけ日本のように200〜300人が並ぶ場合――指揮者やソリストは前もって条件を付けるのが一般的である。「サインはおひとり様1回」、「写真はお控えください」、「ご購入CDのみ」とアナウンスされると、お客さんは「何とケチなことを」と思いがちだが、それは他ならぬ本人の希望なのだ。体力、精神力を使うコンサートの後に、100人以上にサインするのは疲れるし、30分〜1時間は必要となる。一人ひとりにあれこれと時間を掛けるのは大変で、事実しんどい。アーティストも人間なので、早くビールを飲んでリラックスしたいと思うのが人情である。何かひとこと言うのはもちろんオーケーだが、こうした場合、「条件は本人の希望」と肝に銘じて、それに従っていただけるよう是非ともお願いします。城所孝吉 No.7連載

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