eぶらあぼ 2016.11月号
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36《トリスタンとイゾルデ》より©Kristian Schuller/Metropolitan OperaMETライブビューイング2016-17 11月12日(土)より全国の映画館で上映開始 http://www.shochiku.co.jp/met オーストリアのヨーゼフ2世、フランスのルイ14世とナポレオン、ロシアの女帝エカテリーナ2世とオペラ好きの権力者は昔から多い。だから、外交の場でオペラは活用されてきた。大がかりな上演になると、合唱団やバレエも含め100名以上が舞台にひしめき合う。その華々しさは他に類を見ない。 しかし、そうした大仕掛けのイメージもあって、長年オペラは「敷居が高い」と敬遠されてきた。言葉が分からないと楽しめない? ドレスコードはある? コンサートと比べてチケットが高い! などと顔をしかめる人々が、筆者の周りにもたくさん居た。日本の音楽ファンよりも海外の方がオペラとの距離感は近いようだが、それでも「もっと気軽に楽しみたい」という声は万国共通である。 ところが、この状況を一変させるアイディアを一人のアメリカ人が思いつく。それがニューヨーク・メトロポリタン歌劇場(MET)の総裁ピーター・ゲルブである。彼が「舞台を映像収録し、世界中の映画館で上映」という画期的なシステムを発案した結果、オペラと音楽ファンの距離が一挙に縮まり、ゆったりとした座席で字幕付きのオペラを楽しめるようになった。これがMETライブビューイングだ。この方式だと好きな歌手の演技を大画面で観られるし、未見の作品でも、大枚をはたかずに親しめる。肩の力を抜いて鑑賞するには最上の手段だろう。 さて、このMETライブビューイング、新シーズンのラインナップを眺めると、特に前半の6演目に「音楽と愛に浸りきるオペラ」が多いと分かる。例えば、大編成の管弦楽と豊麗な美声に包まれるワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》、グノーの耽美的なメロディが人気の悲劇《ロメオとジュリエット》、女性作曲家サーリアホのロマンティックな現代オペラ《遥かなる愛》、そして、人魚姫の童話を翻案したドヴォルザークの名作《ルサルカ》である(いずれも新演出)。 《トリスタン》では名指揮者ラトルの棒とイゾルデを歌うステンメに注目、《ロメオ》ではいまやテノール界のスターたるグリゴーロと世界のプリマ、ダムラウの“ドリーム・カップル”に期待大。《ルサルカ》では美女ソプラノのオポライスの演技力が客席を唸らせ、名アリア〈月に寄せる歌〉もしっとりと歌い上げるはず。また、筆者が特に好きな《遥かなる愛》では、オーケストラの穏やかな音の波が、観る人の耳も心も洗い流してくれるだろう。ルパージュによる新演出では約5万個のLEDライトで輝く海を表現するとのこと。 なお、これらの豊麗な響きの作品群とは対照的な、「鋭角的な音運び」の2作も上映が予定されている。一つは、男の色気を振りまく放蕩者の騎士を主人公に、天才モーツァルトが技を駆使した《ドン・ジョヴァンニ》。何より、演技派バリトンのキーンリーサイドが若々しさを全身から放つ姿が見ものだろう。そしてもう一つは、旧約聖書のエピソードをヴェルディが荒々しい音楽でオペラ化した《ナブッコ》。世紀の大歌手ドミンゴがタイトルロールを演じるとあって、現地でもチケットは争奪戦のよう。劇中、最も有名な合唱曲〈行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って〉が、METの大空間を揺るがす瞬間も楽しみにしている。METライブビューイング2016-17“音楽と愛に浸りきるオペラ”をぞんぶんに文:岸 純信(オペラ研究家)

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