eぶらあぼ 2016.11月号
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29演奏会形式《カルメン》と充実のオーケストラ公演が実現 N響の12月といえばデュトワ ―― 即座にそう言えるほど、彼の登場は良き慣例となっている。音楽監督を経て冠に“名誉”が付いた今なお、名匠のNHK交響楽団への思いは熱い。 「最近のN響は若くて熱心な奏者が増えていますし、私にとって素晴らしいコンサートがずっと続いています。私はサウンドや音色をとりわけ大事にし、作曲家や楽曲に適した音を作ることに腐心していますが、N響は長年指揮して色味を足していく内に、どんどんカラフルになってきました。何より毎年振りに来ていることが1つの答えです。また、私はこの5ヵ月(昨年12月時点)で世界を4周し、ポストをもつロイヤル・フィルでも常にツアーをしています。その点、毎回3週間半ほど落ち着いて滞在できる東京は、ある意味“ホーム”ともいえます」 この12月の定期では、昨年の《サロメ》、一昨年の《ペレアスとメリザンド》など、オペラの名演が1つのハイライトとなっている。実はマエストロ、近年オペラを指揮する機会が多い。 「最近13ヵ月の間に、《エレクトラ》《トロイ人》など8つのオペラを指揮しました。いずれも演奏会形式です。この形は、歌い手とオーケストラと聴衆の間に密な関係を作りやすいのが魅力。歌手は歌に集中できますし、演奏者との距離も近いので、聴衆には細かい部分まで聴いてもらえます。それにピットに入らない大編成のオーケストラで演奏できる点も大きい。N響も非常にフレキシブルで良く反応してくれています」 今年の演目は、おなじみビゼーの《カルメン》。 「このあたりで、皆さんが楽しめるポピュラリティのある作品をやろうと。《カルメン》はまずシンプルなラブ・ストーリーである点が魅力。音楽に関しては天才的というほかありません。近代のフランスでは、スペインの民俗音楽をベースにした作品が多く書かれ、大成功を収めました。なぜなら基本が舞踊音楽なので、内容が具体的に伝わるからです。《カルメン》はその代表例であり、オーケストレーションもパーフェクトです」 カルメン役は、スカラ座やMETをはじめ世界の著名歌劇場で活躍し、同役も各地で歌っているケイト・アルドリッチが務める。 「彼女は、ウィーンの《カルメン》で今をときめくカウフマンと共演し、素晴らしい歌を聴かせています。現在最高のカルメン歌いの一人であり、容姿も妖艶で素敵です」 なおこのほか、ドン・ホセにベルリン・ドイツ・オペラなどで同役を歌っているマルセロ・プエンテ、エスカミーリョに世界的バリトン、イルデブランド・ダルカンジェロ、ミカエラに2012年ウィーン国立歌劇場日本公演の《フィガロの結婚》でスザンナを歌ったシルヴィア・シュヴァルツと配役は万全だ。 なお、版については「日本ならば、レチタティーヴォに音楽が付いたギローの版を使うことになるだろう」との由。 他の2つのプログラムも見どころが多い。1つは、プロコフィエフ、ラヴェル、ベートーヴェンのプログラム(Bプログラム 11/30,12/1)。 「共に物語を題材にした、プロコフィエフの組曲『3つのオレンジへの恋』とラヴェルの『マ・メール・ロワ』の組み合わせはとてもいいと思います。『マ・メール・ロワ』は、バレエ版の全曲をN響で初めて指揮します。17年のラヴェル没後80周年に向けた取り組みのひとつで、今回凄く楽しみにしています。後半はベートーヴェンの交響曲第5番。ドイツものの伝統が確立しているN響では、それらを極力避けてきました(同曲はデュトワ&N響にとって15年ぶり)が、清新なアプローチが多く出てきた今、ここで取り上げたいと考えました」 ちなみに「ピリオド奏法の採用の有無」を聞くと、答えは「それはお楽しみに」。 取材段階で未定だったもう1つのプログラムは、ブリテン、プロコフィエフ、ラヴェル、オネゲルの作品が並ぶ多彩な十八番もの(Cプログラム 12/16,12/17)。中でもデュトワの母国スイスの大家オネゲルの交響曲第2番は、極め付けの演奏で味わえる貴重な機会だし、人気ヴァイオリニスト、ヴァディム・レーピンがソロ(プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第1番、ラヴェル:ツィガーヌ)を2曲弾くのも楽しみだ。 今後は「N響で《ヴォツェック》や《モーゼとアロン》を指揮したい」と話すマエストロ。今年80歳を迎えた円熟味と、年齢を感じさせない鮮度を併せ持つその音楽への期待は、ますます大きい。Proleローザンヌ生まれ。今日最も人気のある指揮者の一人。25年にわたるモントリオール響との活動で同団を「フランスのオーケストラ以上にフランス的」という評価を得るまでの超一流に成長させ、一躍世界の寵児となった。フランス国立管、フィラデルフィア管などのポストも歴任し、1996年からはN響常任指揮者、98年からは同団音楽監督となり、日本での人気も高い。2003年からN響名誉音楽監督。また、フィラデルフィア管からは指揮30周年を祝って桂冠指揮者の称号も贈られた。シカゴ響、ニューヨーク・フィル、ベルリン・フィルをはじめ、主要音楽都市のオーケストラに定期的に招かれ、色彩的で愉悦的なリズムあふれる魅力的な演奏を披露している。各地での勲章や博士号の授与も多い。取材・文:柴田克彦 写真:中村風詩人

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