eぶらあぼ 2016.10月号
49/233
46新井鷗子Oko Arai/横浜音祭り2016 総合ディレクター目指すのは“たくさんの良い聴衆が育つ街”をつくること取材・文:飯田有抄 写真:武藤 章 9月22日からスタートする「横浜音祭り2016」。約2ヵ月にわたり、クラシック音楽を始めとする様々なジャンルの音楽イベントが、美術やダンス、映画といった他分野のアートとコラボレーションしながら上演される。 2013年の第1回に続き、総合ディレクターを務めるのは、コンサートや番組の構成作家として活躍する新井鷗子。今回掲げたテーマは「スーパーユニバーサル」。「万人に通じる」という意味だ。 「第1回目は『ネオ・クロスオーバー』をテーマとし、ジャズ、クラシック、民族音楽など音楽ジャンルをクロスさせる試みでした。今回はさらに大きな視点に立ち、ジェンダー、国境、障がいの有無を超えた人間の多様性を認め、音楽以外のジャンルとのコラボレーションも目指しました。聴衆や分野を特化しないため、音楽祭としての“純潔性”は薄いと言えます。また、市民参加や次世代育成プログラムも組み込んでおり、演奏の“質の高さ”だけを追求したものでもありません。この音楽祭が目指すのは、音楽体験の機会を増やし“たくさんの良い聴衆が育つ街”を作ること。それこそが音楽文化の優れた都市のあり方だと思うからです。もともと港町横浜は、外来文化をいち早く受け入れ、自分たち流にアレンジして飲み込んできました。そんな自由な逞しさを持つ横浜に相応しい、多彩な音楽祭にしたいと考えます」 まさにジャンルを超越する企画が目白押しである。 「オープニングでは玉置浩二さんと渡辺美里さんが東京フィルと共演します(9/22,9/23,9/24)。彼らのヒット曲が非常に練られたオーケストレーションで演奏され、管弦楽の魅力がポップスの聴衆にも届く企画です。横浜全18区で開催の『ショートフィルム&コンサート』では、別所哲也さんが選んだスクリャービンのエチュードをモティーフとした短編映画を上映後、清水和音さんがピアノで実演します。若手フルーティストやヴァイオリニストとの共演もあり、全区で異なるプログラムを用意しています」 バレエ入門に最適なのが『オーケストラル・バレエ〜語りと踊りで楽しむバレエ音楽コンサート〜』だ(10/29)。「指揮とお話に青島広志さん、語りに山本耕史さんをお迎えします。実際にダンサーたちの踊りを見ながら、わかりやすくバレエ音楽を楽しんでいただけます」。 新井が芸大で研究開発中の「障がいとアーツ」に関連する公演もある。 「『ミュージック・イン・ザ・ダーク』(11/3)は、徳永二男さんと視覚障がいのあるヴァイオリニスト川畠成道さんが前半に独奏し、後半は視覚障がい者3名を含む弦楽オーケストラが演奏します。演奏中に会場が暗転し、聴衆全員の視覚情報が奪われていきます。そうなると、聴覚がだんだんと開かれていくのがわかるでしょう。ぜひ体感していただきたいです」 神奈川フィルのソロ・コンサートマスター石田泰尚率いる、“硬派”弦楽アンサンブル「石田組」は絶大な人気を誇る(10/22)。 「チャイコフスキーからレッド・ツェッペリンまでという、幅広いプログラムでキレッキレの演奏をしてくれます。彼らほど、クラシック音楽特有の“お勉強っぽさ”を感じさせない人たちはいません」 今年の音楽祭で新井が最も力をいれたのが「街に広がる音プロジェクト」である。駅やショッピングモールなど、人々の行き交うオープンスペースで、手話歌、阿波踊り、ロック、テクノ、ゴスペル、津軽三味線など50組が出演し、まさに街中から音楽があふれ出す。 「前回は屋内の公演が中心で、『横浜音祭り』をやっているということを、多くの市民にアピールすることができませんでした。今年はその反省を活かし、街中で皆さんに音楽を楽しんでいただこうと思います」 最終日(11/27)のクロージングコンサートには、パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルが登場、樫本大進との共演という豪華な顔ぶれも。「あえて公演を選ばずに、ふらりと横浜に足を運び、その日やっているものに飛び込んでみてください。新しい音楽との出会い、思いもよらぬ体験が待っているはずです」
元のページ