eぶらあぼ 2016.9月号
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28柄本 弾Dan Tsukamoto/東京バレエ団 プリンシパルベジャール&黛の記念碑的作品再び取材・文:新藤弘子 写真:中村風詩人 この秋、東京バレエ団が新国立劇場で『ザ・カブキ』を上演する。30年前、歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』をもとに、20世紀バレエの巨匠モーリス・ベジャール、日本を代表する作曲家の黛敏郎、東京バレエ団がタッグを組んでつくりあげた、記念碑的なオリジナル作品だ。作品の生みの親の1人であり、バレエ団の創立者として長く代表を務めた佐々木忠次が今年4月に亡くなり、その追悼の意味も重ねられた今回の上演。主役の由良之助を踊る柄本弾に話を聞いた。 「入団2年目の20歳で初めて由良之助を踊らせていただいた作品。それからの6年間で学んだことを、自分なりに出せればと思っています」 東京バレエ団の公演が新国立劇場で行われるのは、今回が初めてとなる。 「踊っている間は何も考えないので、場所は関係ありません。同じ作品でも踊る日の体調や、視線を送るタイミングのような小さなことで、いろいろなことが変化します。あまり作り込みすぎず、高岸直樹さんや後藤晴雄さんに一から教えていただいたものを受け継ぎながら、そのとき感じたことを自分の由良之助につなげていけたらいいなと思います」 義太夫節や日舞の所作など、歌舞伎の要素とバレエが絶妙に共存する作品。先輩方の指導で心に残っていることは? 「『ザ・カブキ』では、やはり由良之助が先頭に立ち、背中でみんなを引っ張っていくんだということ。初めて踊った時は自信もなく、周りを踊る人たちに遠慮してしまうところもあったのですが、それではいけないと。クラスでも、それ以外の時も、皆を率いるリーダーとしての存在感を意識するようになりました。いままでは自分のことだけでしたが、今回は昨年入団した秋元康臣くんも初めてこの役を踊ります。教わったことを少しずつでも伝えられれば、東京バレエ団の『ザ・カブキ』をつないでいくことにもなると思います」 第1幕終わりのソロは、由良之助の大きな見せ場となる。 「ふつうバレエの男性ソロは1分ほどですが、これは7分半。現代からタイムスリップした青年が由良之助として討ち入りを決意する場面で、敵への恐怖や、切腹した塩冶判官や仲間たちの顔など、目に見えないものが気持ちの中で入り乱れている。曲調や照明が変わり、ジャンプの多い後半へと向かうところで、由良之助の心も決まると受け取っています。大変な踊りですが、倒れそうになってでも、すべてを出し切りたいです」 クライマックスの討ち入りから切腹にかけても、素晴らしい場面だ。「これだけ多くの男性ダンサーが一斉に踊ることはなかなかありません。音楽も振付もすごいし、フォーメーションもきれいですし。四十七士全員が走ってきて正面を向くとき、踊りながらいつも鳥肌が立ちます。皆の気持ちがひとつになり、力強い目線で背中を押してくれる大好きな場面です。日本人ならではの群舞の美しさはもちろん、力強さも引き出している作品。日本人でよかったと思うし、歴代の由良之助の中に入れて光栄です」 ところで、柄本にとって佐々木氏はどんな存在だったのだろうか。 「よく叱られましたが、東京バレエ団のダンサーが好きだからこそという感じで、怖くはありませんでした。ちゃんとやりなさい、とモチベーションを上げてくれるような。掃除をしていてうっかり器を割ってしまい、謝りに伺ったときもそんな感じで。あとで聞いたら、自分なら許せないくらい高価なものだったんですけど…」 懐かしいエピソードを語るときの少し照れた表情が、きりっとした風貌を柔らかく見せる。この1年で『ラ・バヤデール』『白鳥の湖』など大作の主役を次々に踊り、ダンサーとしてもリーダーの風格を漂わせはじめた柄本。彼の由良之助が果たしてどのような成長を遂げているか、開幕が楽しみでならない。
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