eぶらあぼ 2016.8月号
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『ファウスト』について文学としての魅力、そして後世への影響文:田辺秀樹■ファウスト伝説に魅せられたゲーテ ゲーテ(1749〜1832)の『ファウスト』を読んだことがおありだろうか? とっつきにくそうな印象があるかもしれないが、少なくともその第1部は、そうとう面白い読み物だ。主人公のファウストは、ルネサンスの時代に生き、諸学に通じた学者として、また錬金術にも長けた魔術師として伝説化された人物。17〜18世紀ドイツの民衆本や人形劇でおなじみの怪しい博士だった。子供のころ人形劇のファウストを見て心奪われたゲーテは、その後長い年月をかけてこの題材に取り組んで、第1部(1808年)と第2部(1832年)からなる畢生の大作戯曲(劇詩)を完成させた。知識と行動への無限の欲求に突き動かされる老学者ファウストが、悪魔メフィストフェレスと契約を結び、若さと活力を得て生の充実を味わい、時空を超えた世界を遍歴する物語には、著者ゲーテの人生と思想と体験のすべてが盛り込まれているといっていい。分量的にも第1部の倍くらいある第2部は、内容があまりに壮大で、読破するにはそれなりの覚悟が必要だが、若返ったファウストと庶民の娘グレートヒェンの恋愛悲劇を扱った第1部は、長くもないし、いろいろ面白いので、クラシック・ファンなら、まずは第1部だけでもぜひ読んでみていただきたい。というのも、『ファウスト』(特にその第1部)からは多くの名曲が生まれているからだ。■『ファウスト』と音楽 ゲーテは『ファウスト』のオペラ化を望んだが、彼が最も適任と考えたモーツァルトは、とっくに世を去っていた。ドイツ・オペラにはファウストものは意外と少なくて、19世紀のシュポア、それに20世紀のブゾーニくらいのもの。ドイツ語圏の作曲家にとってはドイツ文学の最高峰『ファウスト』は、オペラ化に取り組むには荷が重すぎたのかもしれない。 シューマンは断片的な「ファウストからの情景」にとどまり、リストは最後に短い合唱曲が歌われる「ファウスト交響曲」を作曲した。マーラーの交響曲第8番にも『ファウスト』からの詩句が用いられている。 『ファウスト』のオペラ化では、むしろドイツ以外のフランスやイタリアで見るべき成果が上がった。ベルリオーズの《ファウストの劫罰》、グノーの《ファウスト》、それにボーイトの《メフィストフェーレ》がそうだ。フランス人グノーが作曲したファウスト・オペラが人気作となったことは、ドイツ人にはいささか癪にさわったのかもしれない。 ドイツでは今もなお、この名作オペラを《ファウスト》とは呼ばずに、主人公に誘惑されて捨てられる少女の名前である『マルガレーテ』と呼ぶことも少なくない。LaDamnationde Faust《ファウストの劫ごうばつ罰》 入門〜作品の魅力を知るために〜この9月、奇しくも首都圏の2つのオーケストラがベルリオーズ畢生の大作、劇的物語《ファウストの劫罰》をほぼ同時期に演奏する。ストーリー、音楽ともに魅力溢れる傑作ながら大規模な作品ゆえ、上演される機会は少ない。この作品を異なるオーケストラで聴き比べながら存分に楽しむ、千載一隅のチャンス到来だ!

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