eぶらあぼ 2016.5月号
31/207
28清水和音Kazune Shimizu/ピアノデビュー35周年は、バッティストーニ&東京フィルとブラームスの協奏曲を披露!取材・文:柴田克彦 写真:藤本史昭 清水和音は今年デビュー35周年を迎える。1981年のロン=ティボー国際コンクールで優勝したのが20歳のとき。以来、常にクラシック界の第一線で活躍してきた。 「よくこんなに長く続いたな…との思いに尽きますね。35年間の最大の出来事は、日常的な音楽家仲間が増えたこと。それは誇りでもあります」 30周年の際はラフマニノフの協奏曲全曲を一挙に演奏して皆を驚嘆させたが、35周年の今回は、ブラームスの2つの協奏曲をまとめて披露する。しかも共演は、いま最注目のバッティストーニ&東京フィル(加えてコンサートマスターを名手・荒井英治に依頼)のコンビだ。 「バッティストーニが振ってくれるなら、指揮者の比重が高いブラームスをやろうと。もちろん、ピアノ協奏曲の中ではベートーヴェン、ラフマニノフと並ぶ重要作であり、2曲共に名曲であるのも選んだ理由です。ブラームスの交響曲やチャイコフスキーの協奏曲が好きな人なら、同じように楽しめると思いますよ」 特に今回は、初期の第1番と円熟期の第2番の違いを即座に体感できるのが妙味。 「若々しくエネルギーに満ちた1番は、これ以上ないほどわかりやすい。2番はそれに比べると複雑で、作曲法が熟練しています。表現もさることながら、技術的な大変さは最上位クラス。3・4楽章が穏やかなので、軽く終わる印象がありますが、実は第4楽章が一番難しい」 2曲の間には、「3つの間奏曲 op.117」が「間奏曲本来の役割で」挟まれるので、これも楽しみだ。さらに清水は、ブラームスには独特のピアニズムがあるという。 「ブラームスの協奏曲は、手の広がり方やピアニズムの在り方が、ヴィルトゥオーゾ的な曲と違います。それは常に負荷のかかった重い物がゆっくりと動いているイメージ。彼は、それまでにない音の配置やテクニックを生み出していますから、やはりピアノを熟知していたのでしょう。しかしロマン派以降のピアノの技術は、ほとんどリストの模倣で、ブラームスの追随者はいない。この点は、完成度が高いがゆえに、彼で完結したともいえます。また彼のピアノ曲は、隅々まで行き届いているのがわかるといい演奏にならない。ゴツゴツした男臭さを前面に出すのが重要だと思います」 バッティストーニとは、2014年1月の東京フィル定期で、「ラプソディ・イン・ブルー」を共演。お互いに代役同士という異例の出会いだった。 「練習が始まった途端、その響きに驚きました。自由にされていながら彼の“音楽の中”で弾いている感じがしましたし、何より作品に対する敬意が最優先されている。今いる指揮者の中でも能力は最上位だと思います。オペラが主軸なので、今回のような大曲をコントロールする力も十分。特に第1番など、火を噴くような音楽が期待できます」 いっぽう東京芸術劇場では、4月から2ヵ月に1回、水曜午前11時開演の『芸劇ブランチ・コンサート』に出演する。これは、「面白さは室内楽が一番」と語る彼の嗜好を生かした、本格的な室内楽シリーズだ。日本音楽コンクール優勝者など、清水が腕を認める若手たちに、N響の首席奏者等を加えた厳選メンバーが交代で出演する。八塩圭子のトークも相まって、室内楽が身近になること請け合いだ。 「若い奏者たちのクオリティは本当に高く、一緒に演奏してもノリが気持ちいい。古い世代は、音楽を自らの成功の“ツール”にしようと思っていたかもしれませんが、今の若手は穏やかで、かつ真剣に音楽と向き合っている。これがむしろ正常だと思います。このシリーズは、そうした若手を中心に、色々な編成の曲を紹介していきます」 第2回の6月は「ます」、8月はショパンを軸とした、親しみやすいプログラムも魅力だ。 「演奏者は一番楽しいのに、聴く方は高尚なイメージをもっているのが室内楽。そのギャップをなくし、交響曲やソロと同じように楽しいことを伝えたいですね」 さらには、2014年から18年まで年2回行う全10回のリサイタル・シリーズ「清水和音 ピアノ主義」が、4月に第5回を迎える。協奏曲、室内楽、ソロと全ての面で充実した活動が続く名手に、ますますご注目あれ!
元のページ