eぶらあぼ 2016.5月号
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本気の遊びと挑戦が生み出す極上のエンターテインメント取材・文:高坂はる香 写真:武藤 章 杉並公会堂には、世界三大ピアノメーカーといわれる、スタインウェイ、ベーゼンドルファー、ベヒシュタインのピアノが揃う。これら3台の名器を一堂にステージにのせ、豪華ピアニストを招いて行う人気企画『3大ピアノ★プロジェクト PIANO三重弾!』も、今度で8回目。初回から旗振り役を務めるのは、高い実力に加え、聴衆を魅了するエンターテイナーとしての技量を併せ持つベテラン、斎藤雅広だ。 「実力派のピアニスト同士がコラボレーションする機会がもっとあっても良いと思うし、僕も楽しいので、ライフワークとして続けていきたい企画です。僕にはピアニストの友達が多く、しょっちゅう美味しいものを食べて宴会をしていますが、その仲間たちが喜んで出演してくれています。ピアニストは孤独な仕事だと言われますが、実のところ、ピアニストの悩みはピアニストが一番よくわかりますからね。仲良しになれば、一緒にいて一番楽しいんです」 ホールが開館10周年を迎えるにあたり、これまでの当企画を集約したCD『杉並公会堂・華麗なるピアノ3重弾! 斎藤雅広と仲間たち』もリリース。躍動する華やかな音があふれ、現場の楽しい雰囲気が伝わる1枚だ。 「いざ録音になると、みんな良いものを作ろうという意識が高くて妥協がありません。実力のある人たちとの演奏は、安心感が違います」 斎藤雅広がこうした活動に力を入れるのは、ある想いがあってのことだという。 「数年前、トニー・ベネットとレディー・ガガのデュオが話題になりましたが、ベネットも妥協していないし、ガガもまったく萎縮していない。実力あるアーティストが、緊張感を持ち、楽しんでコラボレーションしている。これこそ、エンターテインメントの理想です。一方で日本のクラシック界は、聴衆の裾野を広げようと言い続け、演奏家も見渡す限りの“平野”ばかりを作ってしまっているように感じます。裾野は、山があるからこそ存在するもの。原点に帰って“山”を作ることに力を入れなくてはと思うようになりました。聴衆が喜ぶ演奏会をするのは大切ですが、適当な音楽でお茶を濁すのではいけません。コラボレーションも、実力ある人たちと真剣に遊ぶ、“山の上での遠足”でなくてはと思うのです」 録音には、3つのピアノの音色を聴き比べられるようソロも収められている。興味深いのは“芸大のホロヴィッツ”と呼ばれた斎藤雅広によるリスト=ホロヴィッツ編の「ラコッツィ行進曲」だ。 「実はこれまでホロヴィッツ編曲作品を弾いたことがありませんでした。彼の作品はどんな技術をもってしても、他人が弾くといまひとつしっくりこない。よくベートーヴェンを弾く時はベートーヴェンらしくと言いますが、それと同じでホロヴィッツらしく弾かれなくてはいけないのです。自分にホロヴィッツを生で聴いた鮮烈な記憶があるため、なおさらその想いが強くありました。簡単なことではありませんが、こういうお祭りの録音なので挑戦しました」 CD発売記念特別ガラ・コンサートは、6人のピアニストが出演する豪華版。近藤嘉宏、松本和将、宮谷理香、須藤千晴、冨永愛子という各世代の実力派が集結し、名曲を披露する。 「例えば僕と近藤くんはキャラクターが正反対で、お互い自分の歌い方は崩さない。混ざり合わないのだけれど、ぴったり合うとすごくおもしろいものができるんです。みんなが得意技を持ち寄り、自分の芸術を守りながら合わせていく。こういう音楽づくりで、ピアノ音楽の“山”の在り方を示していけたらいいなと」 来年デビュー40周年を迎える斎藤雅広。“3重弾”の他にも、20代の頃のNHK放送録音を集めたアルバムなど数々のリリースを予定している。 「CDが売れない時代と言われていますが、音楽家にとってCDは一つの芸術ですし、それを作ることは夢です。“山”を作るのと同じ感覚で、CDをリリースしていきたいと思います」 今後も楽しく音楽ができる共演相手を次々誘っていきたいという斎藤雅広。本気の遊びと挑戦から生まれる極上のエンターテインメントから目が離せない。Prole東京芸術大学出身。チェルニー=ステファンスカに才能を認められ内弟子として学ぶ。18歳で第46回日本音楽コンクールに優勝し、翌年NHK交響楽団との共演でデビュー。「芸大のホロヴィッツ」などと称され、その後は世界の名歌手やウィーン・フィル、ベルリン・フィルのメンバーからの厚い信望を得て、室内楽や歌曲伴奏でも我が国最高の名手という評価を不動のものとする。一方、エンターテインメントな活動でもNHKの音楽番組や娯楽番組等をはじめ、多数のTV出演で圧倒的な人気を集め広いファン層を獲得。デビューから40年、常に新たな方向性を目指し、その存在感をさらに大きくしている。27

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