eぶらあぼ 2016.4月号
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36ウィーンの名手たちと「皇帝」で共演できるなんて最高に楽しみです取材・文:伊熊よし子 写真:藤本史昭 ウィーン国立歌劇場、ウィーン・フィルのメンバーを中心に、ヨーロッパで活躍する精鋭が集結する30名編成のトヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウィーンは、高い人気を誇る。 トヨタの社会貢献活動の一環としてウィーン国立歌劇場の協力を得、2000年より開催。これまで日本各地で公演が行われ、計95公演、16万人を超える聴衆の心をとらえ、演奏の質の高さで毎年心待ちにしている聴衆も多い。 小山実稚恵は同オーケストラと共演を重ね、2012年にチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を、13年にベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を演奏した。そのときの体験が胸の奥深いところに感動の泉として残り、その泉は次なる湧き水を生むことになった。今春、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」を演奏することになったのである。 「このオーケストラはふだん指揮者を置いていませんが、クラリネットのペーター・シュミードルさん、ヴァイオリンのフォルクハルト・シュトイデさんをはじめとするメンバーは、全員がソリスト級の凄腕の持ち主。各々が自身の演奏に責任をもち、アンサンブルの妙を心得ていますから、ピタリと合います。演奏の音圧がすばらしく、けっして力任せではなく、深々とした音楽が生まれるのです。私は3年前ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番で共演したときに、あまりにも心が高揚するオーケストラの演奏に感動し、次に共演する機会があったら、ぜひベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番『皇帝』を演奏したいと思ったのです。それが実現し、もう“死にそうなくらい”楽しみです(笑)」 小山実稚恵は感情豊かに話をする人だが、けっして声高に物をいう人ではない。しかし、このトヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウィーンとの「皇帝」の話になると、声のトーンが一気に上がった。 「もちろんこのコンチェルトは昔から弾いていますし、大好きな作品です。でも、今回は特別な演奏になると思います。第2楽章のスコアに記されている“夜明け”という箇所では、静寂がみなぎり、物事がこれから始まるというワクワクする面もあり、木管の美しさも特別です。3連符の表現もどうなるのか、期待が募ります。それからこの作品ではオーケストラのトゥッティ(総奏、全合奏)がとても楽しみです。オーケストラによって、その解釈、表現は多種多様。今回もトゥッティに耳を集中させながら、自分のピアノとのコミュニケーションをとっていきたいと思っています」 かなり以前のことになるが、彼女はオトマール・スウィトナー指揮NHK交響楽団と「皇帝」で共演したときに、スウィトナーの懐の深い大きな音楽作りに目が開かされたという。 「このコンチェルトはもっとおおらかに、広い展望をもって演奏するべきだと思ったのです。スウィトナーさんは何も特別なことはせず、自由に音楽を奏でていました。その姿勢から多くを学ぶことができました」 ベートーヴェンの作品は、ピアノ・ソナタも室内楽も協奏曲も演奏してきたが、小山実稚恵は、「すべての作品がベートーヴェンそのもの」だと力説する。 「長年いろんな作品を弾いてきましたが、いまやっと自分の心とからだが一致し始めてきて、それが演奏に繋がってきているような気がします。もちろん音楽家は一生勉強ですが、ベートーヴェンに対する思いはとても強く、濃密になってきました。内臓が動かされるような、魂が揺さぶられるような作品のすばらしさをいかに表現することができるか、それを日々考えています」 「皇帝」の第2楽章はロマンにあふれ、幻想的で神秘的なまでの美しさを備えた緩徐楽章だが、彼女はその終わりから終楽章に移る部分にたまらなく魅了されるという。 「深遠な森のなかに入っていく感じで、何かを模索している。それがたまらなく美しい。そして前進する音楽につながっていきます。それをみなさんに楽しんでいただきたいですね」Prole人気・実力ともに日本を代表するピアニスト。チャイコフスキー、ショパンの2大国際コンクールに入賞。2006年からの“12年間・24回リサイタル・シリーズ”は、全国6都市において進行中。11年の東日本大震災以降、被災地で演奏を行っており、15年より自ら企画立案した『こどもの夢ひろば』が仙台においてスタート。最新CDは28枚目の『シューベルト:即興曲集』(ソニー)。これまで、05年度文化庁芸術祭音楽部門大賞、13年度東燃ゼネラル音楽賞洋楽部門本賞ならびにレコード・アカデミー賞、15年NHK交響楽団「有馬賞」、15年度文化庁芸術祭音楽部門優秀賞を受賞している。
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