eぶらあぼ 2016.4月号
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34ルターとバッハの出会い取材・文:宮本 明 写真:青柳 聡 世界的に活躍するバッハ演奏家・鈴木雅明が主宰するバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)新シーズンは、彼らの原点とも言える聖金曜日(今年は3/25)の「マタイ受難曲」で始まり、4月には「ロ短調ミサ」と「マニフィカト」を携えて、ヨーロッパ6ヵ国10都市を巡る16日間・全12公演のツアーに出る。 「ヨーロッパ・ツアーのきっかけはロンドンのバービカンセンターから『レジデンシー2016』として招かれたこと。週末2日間で3公演というややハードな役目ですが、バービカンは2006年にも『ロ短調ミサ』を演奏して熱狂的に迎えられた思い出のあるホールです」 ほぼ毎年訪れる海外のどの都市でも常にソールドアウトの人気ぶりは、BCJの世界的注目度を如実に示している。今回はウィーン(コンツェルトハウス)やサンクトペテルブルクなど4都市で初公演。BCJ初のロシア訪問は指揮者ゲルギエフの招待だそう。 「ゲルギエフとは2009年に出演した『カナリア諸島音楽祭』で知り合いました。もちろん彼はバッハもよく知っているのですが、彼自身ではやらないので『お前たちがやってくれ』と(笑)。何度も招待されていたのが、やっと実現します」 一方、日本の活動のベースである定期演奏会では、ルターの宗教改革500周年へ向けて昨年から進行中の「ルター500」プロジェクトで、全5回にわたりバッハの「コラール・カンタータ」を取り上げている。この5月にその第2回が行われる。 「プロジェクトの最終回は来年10月31日。500年前のまさにこの日、ヴィッテンベルク城の教会にルターが『95ヵ条の論題』を貼り出して宗教改革が始まったのです。ルターの宗教改革といっても、歴史の教科書の記憶しかないかもしれません。でも世界では、もちろんプロテスタントの地域を中心に、2017年に向けてさまざまな動きが始まっています。 ルターが音楽史にもたらした非常に大きな影響は、教会の礼拝で一般の会衆がドイツ語で歌う賛美歌『コラール』を制定したこと。1524年に最初のコラール集が出版されています。といっても、会衆たちは楽譜を読めず、なかには文字も読めない人もいたでしょう。そこでルターがどうしたかというと、学校で子供たちにコラールを教えた。その子たちが日曜日に教会に来て大きな声で歌うことで、みんなもつられて歌えるようになっていったのです。そういう非常に素晴らしいストラテジーもすべて、ルターがやったことだったんですね」 バッハの教会カンタータにはほぼ必ず、このルター派のコラールが引用されているが、「コラール・カンタータ」というのは、その中でも特殊な作品群だ。 「1曲のカンタータを、ひとつのコラールの歌詞すべてを通して使って作曲したものです。そして第1曲と終曲には元のコラールの旋律が必ずそのまま使われます。これは画期的な作曲技法でした。始めと終わり以外の部分でも、コラールのモティーフを突然朗々と歌わせたり、伴奏にコラールを隠したり。ルターのコラール出版からちょうど200年目だった1724年、バッハはそれを強く意識して40曲のコラール・カンタータを集中して作りました。後年書いたものもあって全部で50数曲になりますが、1年に60日ほどある教会暦のすべての祝日ためのコラール・カンタータを完成させようとしたのだと思います」 ルターの宗教改革を、キリスト教内部の対立としてだけ捉えるのはやや短絡的であるようだ。 「たとえば今はカトリックのミサでも会衆がみんなで歌いますが、それはプロテスタントの礼拝の形式が影響したものです。その意味でルターのメッセージは宗派を超えた、もっと普遍的なもの。そしてそのルターの精神がバッハの中で最も中心的なものとして息づいていることを、形としてはっきり表しているのが、カンタータや受難曲、オルガン曲など、さまざまな作品に忍び込ませたコラールの引用なのです」 まもなく、バッハが使っていたルター訳聖書の、書き込みなどまで再現した復刻版が発売されるというが(約100万円!)※、BCJの「ルター500」も、バッハとルターのつながりを改めて考えさせてくれる貴重な機会となる。※通常価格98万円(税込) 教文館より発売予定(入荷時期未定)Proleバッハ・コレギウム・ジャパンでの活動が国際的に高く評価され、紫綬褒章、ドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章、ライプツィヒ市「バッハ・メダル」などを始めとして、栄誉ある賞を数多く受賞。バッハ・コレギウム・ジャパンと共に第45回サントリー音楽賞を受賞。2015年オランダ改革派神学大学名誉博士号を授与された。又、ドイツ・マインツ大学よりグーテンベルク教育賞を受賞。現在、イェール大学アーティスト・イン・レジデンス、神戸松蔭女子学院大学客員教授、東京芸術大学名誉教授。

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