eぶらあぼ 2016.1月号
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64高橋悠治 ピアノ・リサイタル 「夜の音楽」ショパンで始まりウルマンで閉じる“暗黒の旅路”文:江藤光紀聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団J.S.バッハ「マタイ受難曲」名門合唱団で聴くバッハ畢生の大作文:笹田和人2016.2/23(火)19:00 浜離宮朝日ホール問 朝日ホール・チケットセンター03-3267-9990 http://www.asahi-hall.jp/hamarikyu2016.3/9(水)18:30 サントリーホール、3/11(金)18:30 東京芸術劇場 コンサートホール、3/12(土)13:00 ミューザ川崎シンフォニーホール問 ジャパン・アーツぴあ03-5774-3040 http://www.japanarts.co.jp他公演2016.3/13(日) 兵庫県立芸術文化センター(0798-68-0255) 高橋悠治の2月のリサイタルは『夜の音楽』と題し、同名の自作の他、様々な作曲家の死にまつわる作品が集められた。 まずはショパン。甘く切ない歌で夢の時間を紡ぐ「夜想曲」(op.27-2, op.48-2)が、夜のとばりを静かに開く。op.59-1の「マズルカ」で光が差すのもつかの間、「マズルカ」op.68-4のめまいのように下降する音型で、憂いの淵へと引きずり込まれる。そう、これはショパンが臨終の床で綴った音楽なのだ。ヤナーチェク「霧の中で」は晩年の作でこそないが、朴訥とした語り口が作曲者の苦悩をひたひたと浮かび上がらせる。 続くシマノフスキの「2つのマズルカ」では、マズルカのリズムを通じて同国出身のショパンと共鳴しあうという仕掛けだろう。舞曲でありながら、どこか足場がはっきりしない不安定さが これぞ、“ホンモノを聴く経験”と言っていいかもしれない。800年以上の歴史を誇り、大バッハ本人もカントール(楽長)として指導に力を注ぎ、指揮も行ったドイツ東部の古都ライプツィヒを拠点とする少年合唱団、聖トーマス教会合唱団。ドイツ声楽界の名匠ゴットホルト・シュヴァルツに率いられて、名門ゲヴァントハウス管弦楽団と共に来日を果たし、バッハ畢生の大作「マタイ受難曲」を披露する。 聖トーマス教会合唱団は1212年、アウグスティノ会トーマス修道院の創設に伴い、礼拝での歌を担当するために設置。以後、バッハに代表される歴代カントールのもと、変声前の子供たちによって組織され、寄宿舎で共同生活をしながら、演奏活動に携わってきた。そして、今日もなお、日曜に聖トーマス教会で行われる礼拝では、ゲヴァントハウス管と共に清澄な歌声でカンタータ上演を行い、“トマーナー”の愛称で、ライプツィヒ市民から親しまれている。漂う作品だが、実はこれもシマノフスキの最後の音楽なのである。この後に高橋の自作「夜の音楽」が演奏される。いまのところ筆者には作品の詳細についての情報はないが、上記のような文脈を踏まえて、少々趣の異なる次の曲への転換を促すものになるのではないか。 暗黒の旅路の最後に演奏されるのはヴィクトル・ウルマン「ピアノ・ソナタ第7番」。ウルマンはアウシュヴィッツのガス室で殺されたユダヤ人で、これは死の2ヵ月前に収容所内で書かれた、いわば辞世の句だ。全5楽章25分ほどの堂々たる音楽に表現されているのは、意外にも暗さではなく希望である。最終楽章の「ヘブライの民謡による変奏とフーガ」が全曲を力強く締める。 今回の来日公演で指揮を担うのは、バス歌手として知られる一方、2015年6月にライプツィヒで開かれたバッハ音楽祭では、健康上の理由から退任した前トーマス・カントールのゲオルク・クリストフ・ビラーに代わって、聖トーマス教会合唱団を指揮したゴットホルト・シュヴァルツ。そこへ、福音史家を歌うベンジャミン・ブルンス(テノール)をはじめ、シビッラ・ルーベンス(ソプラノ)、マリー=クロード・シャピュイ(アルト)ら、実力派ソリストが勢ぞろい。バッハゆかりの地そのままの響きが、日本の聴衆の元へと届けられる。え/柳生弦一郎 意味深な選曲からは高橋の現在の境地が伝わってくるようだ。会場で確認したい。

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