eぶらあぼ 2016.1月号
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51河野克典 バリトン・リサイタル 歌の旅 Vol.4 冬の風 シューベルト「冬の旅」全曲2016.1/19(火)19:15 東京文化会館(小)問 アスペン03-5467-0081 http://www.aspen.jp河野克典(バリトン)「冬の旅」に聴くモノオペラ的な世界観取材・文:宮本 明Interview 歌曲の分野でも丁寧な活動を重ねる河野克典。人生の旅にもなぞらえるリサイタルシリーズ『歌の旅』の第4回は「冬の旅」。「バリトン歌手に欠かせないレパートリーの…」と言いかけた問いを、「もちろん女声よりも男声が、それも低い声の歌手が歌うことが多いですが」と、やんわり遮って続けた。 「バリトンだから『冬の旅』、とはあまり考えていません。たぶん僕がテノールでも同じように取り組んだはず。ドイツ歌曲を歌う者にとってシューベルトは必ず戻ってくる場所。自分の状態を測り、すべてを晒されるような存在です。特に『冬の旅』は全体にひとつの物語があるのが魅力で、まるでモノオペラのよう。男が旅の中でさまざまなことを感じながらたどり着いた24曲目で何が見えるのか。聴く人それぞれに何を感じていただけるのか。70分かけて僕はそういうことをやっています」 歌うたびに、表現や解釈には変化がある。 「昔の自分の録音を聴くと、『いろいろやっているなあ』と感じます。今の僕はたぶんもっと素朴。演奏というのは、何かを加えるのではなく、余分なものを削ぎ落としていく行為です。音楽に媚びたり、お客さんにアピールするのは、すべて余計なこと。音楽の中には書かれていません。歌い方のクセも同じ。それは個性ではなく、力が足りない部分を、自分に都合よくごまかしているだけです」 共演のピアノは関本昌平。2005年のショパン・コンクールで第4位に入賞した俊英と、すでに2015年2月にも名古屋で「冬の旅」を歌った。 「関本さんにとっては歌手との初共演だったそうですが、本当に反応が早いし、言葉が要らない。本番でも、なんとも言えない空気感や情景を作ってくれました。あまりに素晴らしかったのでぜひもう一度共演したくて、すぐに東京でのリサイタルを計画しました」 よく、リートのピアニストにはドイツ語が必須と言われる。子音のタイミングなど言葉の都合を共有するためにだ。が、河野は必ずしもそうではないと言う。 「そうした言葉の問題を、僕はお客さんにも自分の発音で示しているわけです。それがもし真横にいるピアニストにさえ伝わらないのなら、客席に伝わるわけがない。逆に、ピアニストにドイツ語が必要なら、お客さんにも全員必要ということになる。そんなことはありません。僕の言葉や声で、感じて、想像して楽しんでいただけるはず。だから歌詞の予習なんか要りません」 ただ聴いてもらえれば必ず伝わる。けっして誇張のないその自然な自信が、実に信頼できる。2016.1/17(日)14:00 サントリーホール ブルーローズ(小)問 プロアルテムジケ03-3943-6677 http://www.proarte.co.jp久元祐子 モーツァルト・ソナタ全曲演奏会 vol.1初期ピアノ・ソナタでの“天才の息吹”文:飯田有抄©酒寄克夫 モーツァルトのピアノ・ソナタ全集第4弾をCDリリース(コジマ録音)したばかりの久元祐子が、いよいよ演奏会シリーズとしてもプロジェクトを開始する。6回にわたり開催される予定のツィクルス第1回はモーツァルト最初期のソナタ、つまり19歳の時にミュンヘンで完成させた6曲セットから、第3~6番を取り上げる。この時期のモーツァルトのソナタは装飾的で表情豊かな魅力を放つが、彼に大きな影響を与えたと言われるのはヨハン・クリスティアン・バッハ(J.S.バッハの末息子で「ロンドンのバッハ」とも称される)である。この演奏会の聴きどころは、なんといってもモーツァルトのソナタと併せてそのJ.C.バッハのソナタ(op.5-2,op.5-3)も取り上げられるところだろう。バロックから盛期古典派への過渡期の中で、いかにしてモーツァルトの瑞々しいソナタが誕生したのか。あらゆる時代の鍵盤楽器とその奏法に通じた久元が、その源を鮮やかな音色で物語ってくれることだろう。

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