eぶらあぼ 2016.1月号
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35 「《こうもり》は『喜歌劇(オペレッタ)』と銘打たれてますけど、音楽が始まると、もうオペラなんです。音楽が深い。特にアンサンブルは超一流。それに音楽と芝居がうまくつながっている。オペラを学ぶ学生にとっては、とてもいい素材なんです」 小澤征爾音楽塾は、小澤が後進の若手音楽家を育てるため立ち上げた教育プロジェクト。恩師カラヤンから「オペラとシンフォニーは車の両輪」だと言われたことが強く印象として残っていると常々語る小澤は、まず2000年にオペラ・プロジェクトをスタートさせた。今回はその14回目。国内外のオーディションで選ばれた若い音楽家たちが集まり、小澤をはじめとする講師陣の下で指導を受け、その成果をオペラ公演で披露する。 オペラの歴史がそれほどない日本で、若い音楽家たちにオペラの素晴らしさをどう教えたらよいか? 小澤は、一流の歌手たちと共演することこそ近道と考えた。 「オペラをやる上で一番大事なのは、オーケストラと合唱なんです。歌手は世界中からすばらしい人を呼べばいい。でも、そこで演奏しているのはアジアの若い音楽家たち。それが僕のやりたいと思ったこと。オペラの教育をしたいという僕の気持ちに、当時ローム株式会社の社長だった佐藤研一郎さん(現名誉会長)が賛同してくれた。とにかく佐藤さんのパッションは凄いんです。彼のそうしたエネルギーが『ローム ミュージック ファンデーション』や音楽塾、ロームシアター京都につながっている。ロームの大きな理解、支援があってこそなんです」 以前、浅利慶太からは、日本人の歌手をきちんと育てなくてはならないと言われた。 「そこまで手が回らないと思っていた。けれども、世界の一流の歌手に歌ってもらうことで、日本の若い歌手をカヴァー歌手として起用できる。すると、彼らはほんとうによく勉強してきますから、実際に舞台に上がることはなくても、いい経験になるんです」 講師はウィーンからも参加する。「この作品で大事なのはワルツ。ワルツは三拍子ですが、ウィーンの人に言わせると、ただの三拍子じゃないんですね。うまく言えないけど、日本人にとっての味噌汁や漬け物の味とか、そういうのと同じ、ウィーンの人でなければわからない味があるんです。そういう味が出せるところまで練習させたい。ウィーン・フィルのソロ・ティンパニ奏者を務めたローランド・アルトマンが彼の仲間のヴァイオリニストを引き連れてやってきます。彼は日本人にもその味がわかると思っている。だから、一生懸命になって教えるんです」 今回のオペラ・プロジェクトのオリジナル・プロダクションはオットー・シェンクが1986年にメトロポリタン歌劇場(MET)で初演した伝統的な演出によるもので、装置・小道具・衣裳はすべてMETのオリジナルを使用する。 「豪華な舞台になると思う。今回演出を手がけるデイヴィッド・ニースとはボストンやタングルウッドなどで、これまでも数多くオペラをやってます。彼がやることはすぐに理解できるし、彼も僕の音楽をわかっている。どういうアイディアが出てくるのか、楽しみです」 俳優・笹野高史への期待も高い。 「オペラとオペレッタの大きな違いは、セリフが入るかどうか。僕は、彼のことを“ささやん”と呼んでいるんです。ささやんには、僕らが松本で子どものためのオペラ《フィガロの結婚》をやったときに語りをやってもらったのだけど、子供にとって本当に難しい話を、うんと面白く説明してくれたんですよ。人間味があって温かくて、若いお客さんに対するアプローチが素晴らしい。めっちゃ忙しい人なのだけど、ちゃんと練習するって言ってくれて、感謝しています」 過去に京都会館で指揮したこともある小澤は、ローム株式会社および公益財団法人 ローム ミュージック ファンデーションが支援する「ローム ミュージック ファンデーション 音楽セミナー」の講師を務めるなど、京都とのつながりも深い。去る9月13日、ロームシアター京都の竣工式に続いて行われた記念演奏会では、小澤征爾音楽塾オーケストラを指揮し「第九」を演奏した。「あったかい雰囲気の劇場で音響はとてもいいホールだと思う。指揮してみて、このホールに対する気持ちも高まってきています。これからは、オペラもできるということで期待していますが、ここはみなさんが思っている以上に、京都の宝となる。ボストンにもシンフォニーホールといういいホールがありますが、オペラハウスはない。ウィーンの街はオペラを観ない人でも、そこに劇場があることを誇りに思っている。ここも同じようになることを期待しています」オペラで一番大事なのは、オーケストラと合唱なんです。取材・文・写真:寺司正彦(2015年11月18日、ロームシアター京都で行われた小澤征爾音楽塾記者会見をもとに再構成したものです)
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