eぶらあぼ 2015.8月号
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21バラードにはショパンの人間的な部分が包み隠さず表現されています取材・文:高坂はる香 写真:武藤 章 演奏家が素直な気持ちに従い、今弾きたい作品に取り組む。そうして生まれる音楽には強い共感があふれ、聴く者に新たな発見を与えてくれることが多い。 「最近ピアニストとして、ありのままの自分を素直に出すことがとても楽になりました」 東京芸術大学在学中の2004年、日本音楽コンクールで優勝を果たして注目を集めた外山啓介。以来、演奏活動やドイツ留学など数々の経験を重ね、今、こんな心境に辿りついたと語る。 「これまでは、自分はこうあるべきだという考えにとらわれて、常に気を張っていました。高みを目指す気持ちが、他人に負けたくないとか見くびられたくないとか、マイナスなほうに向かっていたように思います。それが今は、表現したいこと、10年後にこうなっていたいということを、背伸びせず追求したいと思うようになりました」 今年のリサイタル・ツアーで取り上げるのは、ショパンの「バラード」全4曲を中心に構成した、オール・ショパン・プログラム。これまで幾度かオール・ショパンに取り組んできたが、今回は心境が違う。 「僕がショパンを魅力的だと感じるのは、自身を等身大で受け入れた強さが音楽にあふれているところです。なかでもとくに4つのバラードには、彼の人間的な部分が包み隠さず表現されていると感じます。今の自分の気持ちと重なるのです」 もともとショパンは大好きだったが、“仕事”として演奏するうち、うまく向き合えないと感じる時期があったという。 「でもそれが一周して、やっぱりショパンが好きだと思えるようになりました。和声や旋律という楽曲自体の美しさも好きなのですが、ショパンという作曲家の、人間らしく、素直で奇を衒うことがない部分に共感します。一人の作曲家と向き合うプログラムは、四六時中そのことを考えていないとならず辛いときもありますが、結局はショパンが好きだという気持ちに落ち着きます」 デビュー時にも取り上げた「英雄ポロネーズ」には、今回改めて向き合うなかで発見があった。 「もう一度譜読みをしなおしたら、多くのことが見えてきました。ポーランドを離れ、パリに暮らしていたショパンが、なぜあの時期に、祖国のリズムを用いて華やかなポロネーズを書いたのか。華やかに書かれているのだからもちろんそのように演奏する必要はあるけれど、やはりどこかに哀しみを見え隠れさせるべきかもしれない。そんな狭間を追求するのが楽しかったです。デInformation外山啓介ピアノ・リサイタル2015~オール・ショパン・プログラム~曲/ショパン:バラード(全4曲)、エチュード第3番「別れの曲」、3つのノクターン(op.9)、プレリュード第15番「雨だれ」、ワルツ第9番「告別」、ポロネーズ第6番「英雄」8/29(土)14:00 サントリーホール問 チケットスペース03-3234-9999 http://www.ints.co.jp他公演7/18(土)大和高田さざんかホール、7/20(月・祝)沼津市民文化センター、8/2(日)横浜市栄区民文化センター リリス、9/13(日)ザ・シンフォニーホール、9/25(金)札幌コンサートホールKitara、9/27(日)日高町門別総合町民センター、10/6(火)高崎シティギャラリー コアホール、10/10(土)三井住友海上しらかわホール、11/11(水)東京都庭園美術館新館ギャラリー2問 チケットスペース03-3234-9999CD『ショパン:バラード全集』エイベックス・クラシックス AVCL-25877 ¥3000+税 8/26(水)発売予定ビュー録音に比べるとテンポも落としています。ある作品を演奏するにあたって、さまざまな研究や版を知る必要はもちろんあります。ただ、そうした情報の中から取捨選択し、練習の中で表現をつきつめ、本番ではそこに縛られずに演奏したいと考えるようになりました。練習は、ステージで自由になるために行うことですから」 気持ちの変化は、ここ数年間で少しずつ生じてきた。一昨年の「展覧会の絵」をメインとしたツアーで自分なりに納得のいく演奏ができたこと、そして昨年、ベートーヴェンやリストのソナタを演奏したサントリーホール公演に美智子皇后が来場されたことも大きかった。 「終演後、美智子皇后からあたたかい励ましの言葉をいただきました。札幌の両親も、東京公演はデビュー以来きたことがなかったのですが、昨年ばかりは聴きにきて、ずいぶん喜んでいましたね(笑)。演奏についても良かったという声を多くいただいて、ここまでやってきて良かったな…とやっと思えたんです」 周囲に自分を支えてくれる味方がたくさんいるという実感も持つようになった。そんななか、健康に気をつかう余裕も出てきたそうで、最近はもっぱらジムで汗を流すことにはまっているらしい。 「自分でも今、すごくいい状態だと感じます。できることを一つひとつがんばりたい。そんな意欲にあふれています」 その表情から、心身ともにフレッシュなエネルギーに満ちているのが伝わる。今年の公演では、そんな外山のまっすぐな気持ちが込められたショパンに期待できそうだ。
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