eぶらあぼ 2015.8月号
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第10回若いダンサーよ、踊れ、そして超えていけ あるダンサーの訃報が届いた。「長い闘病の末ついに」というわけではない。精力的に世界を飛び回って活躍していた「彼」は、ひとつの海外公演を終えて別の国へ移動する途中の空港で倒れ、そのまま逝ってしまったというのだ。青天の霹靂だった。しかしどうやら本当らしいと確認が取れ始めると、その死を悼む声がネットを通して全世界から捧げられたのである。 翌日には北欧の有名なダンス・カンパニーの来日公演があった。その振付家は当日パンフに「彼」への追悼文を差し挟んでいた。若い頃に母国で「彼」のダンスを見て、深い感銘を受け、のちに日本でしばらくダンスを学んだほどだという。 それくらい「彼」は多くの若いダンサーに慕われていた。劇場のロビーでは、「彼」の話をしているうちに不意に涙があふれ出す若いダンサーが何人かいた。 そういう思い出はオレにもある。急な訃報に触れた時、人を襲うのは「悲しさ」よりも、むしろ「悔しさ」に近い感情だ。素晴らしい才能が、不意に、理不尽に奪われたと感じる、怒りと悔しさが溢れだしてくるのである。 だが若いダンサーに言っておきたい。残念なことだが、こういうことは、これからもたくさんある。君たちは多くの素晴らしい出会いと同じくらい、こうした別れも経験することになる。 しかし君たちダンサーは、魂を踊り継いでいかなくてはいかん。それは踊りのスタイルや技術ではない。ダンスという巨大な芸術に挑む、そして挑み続ける気迫と姿勢の揺るぎなさのことだ。 そのために君がするべきなのは、いま自分の身体が、紛れもなく生きてそこにあることを、あらためて認識することである。 まずは美味いものを、モリモリと食え。酒が飲めるなら、普段よりいい酒を飲め。「ショックで物がノドを通らない」などと言っている場合ではないぞ。友人と、あるいは恋人と、楽しいこと、キモチイイことをいっぱいするのだ。猫や犬、ハムスターやモモンガを愛でるのも、もちろんいい。スマホの画面をピカピカに磨き上げるのも悪くない。とにかく五感を全て喜ばせるのだ。「生きているからこそできること」をバリバリとやれ。 そうしてまた、以前にも増して、何倍も強く、大きく踊っていくのだ。… … これまで逝ってしまったダンサーたち、数え切れないほどの、伝説的に語られるダンサー達も、そうやって踊ってきたのである。多くのものを受け止めて、抱え、ときにおびえながらも、踊り継いできたのだ。 そうして彼らは、君たちに何かを伝えたはずだ。身体は滅びても、踊る魂はつながっていくのだ。君らが踊り続ける限り、それは途絶えることはない。 長く続くから偉いのではない。時を超えるから尊いのだ。それがダンスという、生きる身体を削って紡ぐ芸術なのである。 がんばれよ。大丈夫。君の後ろには、オレらみんながついているのだぜ。Prileのりこしたかお/作家・ヤサぐれ舞踊評論家。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『ダンス・バイブル』など日本で最も多くコンテンポラリー・ダンスの本を出版している。うまい酒と良いダンスのため世界を巡る。乗越たかお223

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